響焰俳句会

ふたりごころ

響焰誌より

響焰2024年4月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202404

味 噌 蔵     山崎 聰

一日は早し冬のくもり空はなお
凧揚がる天まで上がりそして自由
急ごうよ西の方から雪がくる
東京に大雨予報冬の浪
いっせいにわれもわれもと雪野原
雪国にひとつ灯りてりんごの木
霙降る夜をあるいて港まで
昼の雪夜は小止みに村はずれ
味噌蔵も酒蔵もある峡の冬
信濃雪東京朝から曇り空

 

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202404

赤い椅子       米田 規子

ふきのとう時間と云うは宝物
寒薔薇一輪のみのオーラかな
春めいている二階の赤い椅子
真昼間のおろして甘き春大根
詩ごころの目覚めるころか春の雪
もの書くに切羽詰まって春一番
春愁やこのごろ軽い鍋が好き
遠くにある夢のくらしと春の星
なぐさめの雨かとおもい落椿
木の芽風つぎのページは何の色

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2024年1月号より

ゆれることだけに熱中ねこじゃらし    石倉 夏生
茅葺きの大きな家の秋桜         栗原 節子
山眠る木々は両手を遊ばせて       渡辺  澄
ひょんの笛少年海と出会いけり      加藤千恵子
公孫樹黄葉の空があり空を見る      小川トシ子
休日のやわらかい朝金木犀        秋山ひろ子
星流れゆっくりと世界は傾ぐ       河津 智子
虫時雨廊下の奥を凝視せり        相田 勝子
木犀の闇につまずきまた歩く       小林多恵子
やすやすと人は壊れて金木犀       大竹 妙子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2024年1月号より

夕焼とわたしのあいだ眼鏡置く      松村 五月
いつからか夜空見るくせ白秋忌      大見 充子
喜八の忌運河に沿いて鯛焼き屋      蓮尾 碩才
さわやかや上り坂なら一呼吸       河村 芳子
公孫樹黄葉の空があり空を見る      小川トシ子
言の葉の掴めば雫れ水の秋        秋山ひろ子
晩秋の横にただよう山の雲        楡井 正隆
秋高しさらりと乾くぼんのくぼ      中野 充子
少年に忽然と会う茸山          齋藤 重明
満月や水は角を失いて          池宮 照子

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

万物の音静まるや初明り         横田恵美子
一月一日足下の暗き穴          酒井 介山
歌留多とり負けて泣く子に日暮はや    中野 朱夏
冬の蜂意志ある限り歩きけり       牧野 良子
若菜野へ流れ水音ひかり合う       増澤由紀子
寒夕焼ビルめらめらと焦げそうな     原田 峯子
初詣こころ平らにして帰る        菊池 久子
福寿草八十路のとびらスルリ開き     長谷川レイ子
去年今年想い出だけが彷徨えり      伴  恵子
生かされて一筆添える年賀状       辻  哲子
ストーブの大きなやかん独り言      金子 良子
きさらぎや背に房総の海光る       朝日 さき
手鏡をじっと見つめる雪女        山田 一郎
ふるさとへ向かう単線山眠る       鷹取かんな
毎朝の筋肉体操寒卵           原  啓子
山茶花や垣根づたいに学童児       櫻田 弘美

 

【白灯対談の一部】

 万物の音静まるや初明り         横田恵美子
 元日の早朝、東の空から太陽が静かにのぼり、曙光があたりをほのぼのと照らす。新しい一年の始まりである。
 掲句は〝初明り〟に精神を集中して詠まれた俳句で、とても荘厳な雰囲気が漂う。また一句の拵え方として、中七の「や」切れに力があり効果的だと思った。万物の音が静まりほぼ無音の世界に現れる太陽はさぞ神々しいだろう。海辺や山頂に出向き、その時を待つ人々もいる。〝初明り〟に大いなる「気」をもらい一年の無事を祈るのだ。

響焰2024年3月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202403

もうすこし     山崎 聰

天地(あめつち)の大いなるとき虹二重
明日のこと思いわずらい蓮の花
東京にくらいところも秋の昼
もうすこしあるいてみよう秋の虹
東京をはなれて五年法師蟬
木造りのほとけ見ており秋はじめ
房総のはずれに住んできりぎりす
すこしあるいて大東京の秋に遭う
川越の菓子屋横丁草の絮
東京は人逢うところ秋の雨

 

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202403

光 降 る       米田 規子

たそがれてかくもカンナの枯れはげし
ペンの芯取り替えこころ寒き夜
トーストにバターと餡こ寒に入る
生きているか能登は最果て冬怒濤
寒風三日パンジーは地に伏して
ポエム生まれるまでの迷路霜柱
精密な線描画たる裸の木
枯れきってしまえば光降るごとし
寒椿ひと日ひと日を積み重ね
おしゃべりな鳥たちの群れ春隣

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年12月号より

草もみじ暮れ際のおと湿りもつ      栗原 節子
少年の熱き掌ねこじゃらし        加藤千恵子
蓮の実の飛んで晩年ひろがりぬ      中村 克子
わたしとあなたひとしく秋の光かな    松村 五月
あれこれの一つ持ち越し星月夜      河村 芳子
訥々と雲は動いて九月過ぐ        波多野真代
躓きて大きな空の九月かな        小川トシ子
炎昼のどこを切っても白い闇       山口美恵子
ひっそりと胎児は眠る稲穂波       大竹 妙子
秋色を加えて風車回り出す        北尾 節子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年12月号より

満月へ翁を誘ふ媼かな          石倉 夏生
有の実や人の生死の傍らに        加藤千恵子
秋薔薇の淋しいところ剪っており     中村 克子
秋澄むや螺鈿の壺に月の音        大見 充子
秋を好みし母なれば秋に死す       波多野真代
心太突いて八十路の始まりぬ       和田 璋子
どんぐりを踏んで孤独にさようなら    河津 智子
消えそうな影を負いたる秋の暮      楡井 正隆
ふる里はとうの昔に秋の海        大森 麗子
洋館の軋み百年の秋声          藤巻 基子

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

一人居の人の声して柚子たわわ      金子 良子
星空は遠方にありクリスマス       牧野 良子
癒えし人黙して句座に冬ぬくし      酒井 介山
むらさきに暮れ残る空冬木立       横田恵美子
抗わぬ芯の強さも霜の菊         増澤由紀子
葱を抜き暮れゆく空の茜色        原田 峯子
年用意見えないように打ちし釘      菊池 久子
名残の空声のきれいな人といて      朝日 さき

 

【白灯対談の一部】

 一人居の人の声して柚子たわわ     金子 良子/span>
 少しずつ人間の寿命が延びて元気な老人が増えた。それはとても喜ばしいことだと思うけれど、中には伴侶を亡くして一人住まいをしている人も少なくないと思う。
 掲句は作者の近所で一人住まいをしているお宅の様子を詠んだ俳句だろうか。その家の前を通りかかった時、たまたま人の声がして「おやっ?」と思ったのだろう。そのことが作句のきっかけになった。以前にも白灯対談で書いたことがあるのだが、「あれっ?」とか「おやおや?」などの軽い驚きや発見は、俳句を作るきっかけとなり得るのだ。

 〝〝一人居の人の声して〟と云うフレーズが先ずできて、さてそのあとどう着地しようか…。ここが考えどころ、踏んばりどころだ。その家に都合よく柚子の木があり、たわわに実をつけていたかもしれないが、作者が熟慮した上での季語であったと思う。結句〝柚子たわわ〟によって、一句の風景がぱあっと明るくなり、〝一人居〟をも豊かに描けた作品だ。

響焰2024年2月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202402

ともかくも     山崎 聰

もうすこし生きていようよ秋の虫
ともかくもきょうの仕事を秋の長雨
夜明けにて鵲遠く鳴くを聞く
東京は名残の空の明るさに
一抹の不安東京に雪が降り
どこをどう曲がっても同じ冬の夜
東京さびし越後は雪の日曜日
鬼が住む満開さくらの山のむこう
信州も東京もさくら吹雪の中
もうすこしたったら云おう花のこと

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202402

冬 青 空       米田 規子

いっせいに紅葉が散って今朝のゆめ
初しぐれ鋭角に鳥横切って
人と人のあいだを詰める十二月
パトリック来て独逸語交じる冬の暮
止めようのなき時の速さを鵙高音
自由とはてくてくてくと冬青空
冬萌や野球少年輪になって
とつぜんの膝の不機嫌年つまる
薬膳カレー胃の腑にしみて冬景色
短日や行きも帰りも向かい風

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年11月号より

さびさびと八月がくる年を取る      石倉 夏生
しみじみと手のひらを見る晩夏かな    栗原 節子
たましいの浮遊している熱帯夜      中村 克子
明るくも暗くもなくて花氷        松村 五月
いなびかり恐竜の絵の動き出す      戸田富美子
言問を渡りきるとき虹二重        鈴木 瑩子
ひらひらと一円切手夜の秋        小林多恵子
おかめの笹丸く刈られて秋近し      廣川やよい
二重虹追えばだんだん遠くなり      加賀谷秀男
ありありと光の中の青蜜柑        北尾 節子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年11月号より

晩学の眼鏡を替えて夜の風鈴       和田 浩一
さびさびと八月がくる年を取る      石倉 夏生
さりさりと赤い薬包九月来る       加藤千恵子
ぶどう色に暮れ晩夏のひとりなり     松村 五月
レントゲンに写ってしまい夏の恋     北島 洋子
遠花火にんげんらしく声を出す      小川トシ子
さるすべり真昼はいつもうわの空     秋山ひろ子
はろばろと雲の行方も夏木立       山口美恵子
真ん中に黒猫のいる夏座敷        小林多恵子
一日歩き二日見てきし花みょうが     吉本のぶこ

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

秋桜赤銅色のガードマン         原田 峯子
秋深む小江戸の街もメガネ屋も      金子 良子
侘助の隣のとなり空家なり        牧野 良子
翁忌や思い馳せたる芒原         増澤由紀子
少年の口笛高く冬木立          横田恵美子
秋深しどこにもいない人の声       中野 朱夏
文化の日コーンスープのやさしい色    原  啓子
これ以上やせてはならぬ冬桜       櫻田 弘美

 

【白灯対談の一部】

 秋桜赤銅色のガードマン        原田 峯子
 毎この句で特に惹かれたのは〝秋桜〟と〝赤銅色のガードマン〟との取り合わせだ。街で見かけるガードマンは、確かに〝赤銅色〟かもしれない。猛暑の時、また反対に厳しい寒さの中でもその任務を果たしている。大変過酷な仕事だといつも思う。
 掲句は〝秋桜〟の季節なので、比較的快適な気候の時期に出会った〝ガードマン〟と云える。秋の澄んだ空の下でさえ
も〝赤銅色〟が染みついていて、その労働の厳しさを窺い知ることができるのだ。〝赤銅色〟は作者が対象に出会った時に感じた印象だと思う。

 〝赤銅色〟と云う強烈な印象としなやかで明るい〝秋桜〟を上五に置いた意外性で、この句は事実以上のものを表現することができた。無駄なことばもなく、大変良い作品だ。

響焰2024年1月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202401

某  日      山崎 聰

夕ざくら見てからの闇帰りみち
山深ければ尊しみどりあればなお
青葉騒青梅駅頭杖持って
突然に大きな音がして八月
山のこえ地のこえ夏の雨が降る
八月の越後の山の大神(おおみかみ)
駅頭緑野待っていたように雨
八月十五日もの云わぬもの海へ
関東の真ん中におり緋のカンナ
八月某日東京の空あかあかと

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202401

しめじ舞茸       米田 規子

七十路の真ん中あたり柿たわわ
むすめ来て古家ふくらむ夜長かな
手の温みマイクに残り冬隣
ぴかぴかの地魚の寿司冬はじめ
芒原三百六十度の不安
なにやかやごろんごつんと冬に入る
しめじ舞茸パスタに絡め遅い昼
たましいは天に冷えびえと墓の前
年月の色にとなりの次郎柿
葛湯吹くずーんとこころ沈む夜

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年10月号より

ぽっかりと今を見つめる土偶の眼     石倉 夏生
凌霄花たぐれば遠き山や川        加藤千恵子
稲刈られ地球ゆっくり力抜く       中村 克子
昨日より今日のあかるさ黒揚羽      小川トシ子
土匂う草匂う朝梅雨の明け        佐々木輝美
半夏雨人の重さに驚きぬ         山口美恵子
古里へ近付く列車針槐          楡井 正隆
きょうのいろ明日のかたちサクランボ   川口 史江
黒南風に吹かれ戦争展出口        藤巻 基子
夏の声明るい方へこだまして       北尾 節子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年10月号より

梅雨月夜どこの鍵かと考える       和田 浩一
螢狩やがて螢になる二人         石倉 夏生
駅前の賑わいを避け父の日来       渡辺  澄
あじさいに触れあじさいの暗さかな    松村 五月
梅雨晴間二人暮しに新局面        北島 洋子
ていねいに生きて西瓜に塩ふって     河津 智子
放蕩や男も老いて夜店の灯        鈴木 瑩子
水底に灯りの揺らぐ螢の夜        大森 麗子
恐竜のパジャマ寝返る夏休み       鹿兒嶋俊之
今生のつづきにひょんの笛を吹く     吉本のぶこ

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

再会のふたりのゆくえ曼殊沙華      酒井 介山
空井戸の滑車古びて秋しぐれ       増澤由紀子
焼け跡のテネシーワルツ星月夜      牧野 良子
秋湿り埃うっすらカフェの隅       伴  恵子
秋日和母のあとさきあひる二羽      中野 朱夏
秋灯下砕けて抜けるコルク栓       横田恵美子
妻と記す介護申請日日草         菊池 久子
黙ることもひとつの術か猫じゃらし    金子 良子

 

【白灯対談の一部】

 再会のふたりのゆくえ曼殊沙華     酒井 介山
 毎年秋のお彼岸のころになると、約束したかのように曼殊沙華が咲き始める。その姿、形が非常に独特なので、俳人はその魅力に惹かれ、大いに詩ごころを刺激される。
 掲句はややドラマ仕立てとも思える詠い方で、何かが始まる予感がするのだ。しかし、〝再会のふたりのゆくえ〟で切れが働いているので、語りすぎてはいない。〝ゆくえ〟の措辞に詠み手それぞれの想像がふくらむ。上五中七のフレーズを十分に堪能したあと、ゆっくりと〝曼殊沙華〟にたどり着き掲句のふたりは男女かもしれないと思う…いや、最初からそう読んでいたかもしれない。
 結句は「秋桜」「秋の薔薇」「大花野」などいろいろ置いてみたのだが、今ひとつ響き合わない。〝曼殊沙華〟だからこそ、一句として読み応えのある作品になった。

響焰2023年12月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202312

秋はじめ       山崎 聰

すこしだけ前に出ようか五月雨
光昏の夜明けくるらし夏はじめ
ここらあたりいつしか夏もおわりけり
つと音止みぬ海猫の帰りしあとの闇
山高く八月のわが誕生日
台風下これまでのことさまざまに
あらたのし子馬ぽくぽく秋の空
とうきょうは黒雲の下赤とんぼ
鬼が棲む紅葉の山のむこうがわ
筆よりも眼鏡たいせつ文化の日

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→SShusai_Haiku_202312

渋谷まで       米田 規子

天の川着てゆく服が決まらない
ひんやりと喉すべる酒菊日和
種なしの柿やわらかく老いこわく
ミステリアスに装いて曼珠沙華
月光つめたく白磁のティーポット
明日を憂いて椿の実のごつごつ
個性派の冬瓜ダンディから遠く
おろおろと来て秋の蚊の殺気かな
泡立草わっさわっさと渋谷まで
背後から十一月の風の音

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年9月号より

一椀の粥の温もり昭和の日        和田 浩一
吊橋の消えているなり春の夢       渡辺  澄
炎昼の果てかマチスの赤い部屋      松村 五月
空き缶を蹴って男の黒日傘        和田 璋子
父の日や少し崩れて目玉焼        小川トシ子
遊ぼうと夜の金魚に誘われて       秋山ひろ子
マスクはずし六月の貌緩む        佐々木輝美
ある日ふと青がくすんで七月来      山口美恵子
炎天をきて炎天の己が影         中野 充子
どこまでも青田のつづく月明り      浅野 浩利

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年9月号より

十薬の一気に咲いてわが齢        栗原 節子
噴水や午後はうしろが見たくなる     渡辺  澄
荒野あり炎天もある余生かな       中村 克子
炎昼の果てかマチスの赤い部屋      松村 五月
さびしらの夕虹は母の残像        大見 充子
桜桃忌跨線橋から見る夕日        蓮尾 碩才
父の日や少し崩れて目玉焼        小川トシ子
讃美歌のような夕闇蕎麦の花       戸田富美子
教会は林の中に風薫る          楡井 正隆
おかあさんわたしを忘れゆすらうめ    廣川やよい

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

百日紅老いることなど知らないわ     牧野 良子
蟬時雨五百羅漢に千の耳         増澤由紀子
無芸なり共に老いたる猫との夏      酒井 介山
黒ぶどうひと粒ごとに里の風       長谷川レイ子
秋暑し表面温度のすれ違う        池宮 照子
秋の風翅あるものに優しくて       横田恵美子
傘の上のトレモロ激し雹の昼       中野 朱夏
毛筆の文読む良夜ははの声        辻  哲子

【白灯対談の一部】

 百日紅老いることなど知らないわ     牧野 良子
 〝百日紅〟の句はこれまで数多く読み、毎年作句にも挑戦しているのだが掲句のような発想に至ったことがなかった。炎天下にひと夏を咲き続ける〝百日紅〟は美しいと云うよりその力強さに感動し、「暑さに負けずがんばっているね」と声をかけたくなる花だ。
 作者は私と同世代の七十代である。どういう想いで、〝百日紅〟を眺めたのだろうか。老いとの闘いはすでに始まっているのだ。しかし、きっと作者は生きることに前向きな人だと思った。中七下五〝老いることなど知らないわ〟と云う強烈な措辞が痛快だ。思わず「いいね!」と親指を立てた。口語調で軽やかに詠っているのも効果的だ。この句を読んで励まされたのは私だけだろうか。元気の出る作品だった。

(さらに…)

響焰2023年11月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202311

夏の月そのほか       山崎 聰

字余りも字足らずもよし月おぼろ
だまし絵のようないちにち夕ざくら
いまもなお桜満開ただねむる
房総の台地に住みて梅雨の月
東京は雨の日曜だが暑い
梅雨の月あっけらかんと笑いけり
歩こうか座ろうかまんまる夏の月
関東平野まっただなかの夕月夜
きのうきょう夏の満月崖の下
東京をはなれてからの盆の月

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202311

紅 林 檎       米田 規子

ブイヤベース夏の終わりの水平線
晩夏晩節ひたひたと波寄せて
藤の実を垂らして保育園の午後
雷鳴やピアノ弾く手を止められず
二百十日がんもどきに味浸みて
虫の闇すとんと深きねむりかな
祈ること安らぎに似て紅林檎
九月の影濃く群衆のうねりかな
一位の実青年サッと席ゆずる
細腕にてノコギリを引く文化の日

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年8月号より

住み古りて親しきものに夏の月      加藤千恵子
影置いて帰る一団さくらの夜       中村 克子
一心に歩くおかしさ山つつじ       河村 芳子
どうあがいても晩春のひざがしら     小川トシ子
屈託はこっぱみじんに春空に       河津 智子
遠くから大きなうねり聖五月       楡井 正隆
山深く子を待つように山桜        大森 麗子
鳶の輪の中うっすらと春の月       石谷かずよ
父の日の最も昏きそのうしろ       斎藤 重明
傘さして会いにゆきます花菖蒲      北尾 節子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年8月号より

陽炎や無人駅にて待つ母子        渡辺  澄
少年と五月の風になる少女        加藤千恵子
笑うたび夏に近づく女の子        松村 五月
若葉してわが胸中の青い鳥        大見 充子
大扉閉じられており昭和の日       岩佐  久
草朧触れて冷たき足の裏         蓮尾 碩才
くちじゅうが緑のうふふ豆ごはん     秋山ひろ子
背すじ伸ばせと河骨に叱られる      佐々木輝美
山深く子を待つように山桜        大森 麗子
父の日の最も昏きそのうしろ       斎藤 重明

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

里山で菓子を焼く人女郎花        中野 朱夏
いつよりを老人と云う黒葡萄       増澤由紀子
口ずさむ「五番街のマリーへ」晩夏    池宮 照子
もう少し眺めていよう鱗雲        伴  恵子
てっぺんを本気でめざす皇帝ダリア    牧野 良子
夏蝶は他界の使者か風の音        酒井 介山
魂祭大きな靴と小さな靴         金子 良子
夜濯ぎのパンと開いた花模様       横田恵美子

【白灯対談の一部】

 里山で菓子を焼く人女郎花        中野 朱夏
 一読、この情景は現実なのか、それとも空想の中の一風景なのか、あるいは絵本の一ページかもしれない…などと確かなイメージを描くことが少しむずかしかった。でもその分、多くのことを想像してこの一句がむくむく膨んだ。
 〝菓子を焼く人〟がキッチンでもなく洋菓子店でもなく、〝里山〟で菓子を焼くと云う。この句の入り方にとても惹かれて、掲句の世界の扉を開けてみたくなった。扉をひらくとマドレーヌやパウンドケーキの焼ける甘い匂いがすることだろう。〝里山〟のような長閑な場所で焼いたお菓子は特別においしく焼き上がるはずだ。焼いているのは、たぶん女性。結句〝女郎花〟の斡旋によって、芯は強いがたおやかで控え目な女性を想った。この不思議な一句を私は十分に楽しむことができた。

(さらに…)

響焰2023年10月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202310

月 の 夜       山崎 聰

ゆらゆらと春の日射しの中をひとり
八十八夜こえを出すこと忘れいて
硝子戸を雨粒たたききのう夏至
みんなであるくアカシアの花の下
与うべき何もなけれど夏の月
関東の片隅におり蜘蛛の糸
跳べそうでとべない高さ朝の月
房総に住んで十年秋の薔薇
台風の近づく気配きのうきょう
このあたり人住んでおり月今宵

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202310


朝のストレッチ蜘蛛の囲の光かな
ぐらぐらの湯にパスタ投入夏の空
こころざしまっすぐありて緋のダリア
煮炊きしていのちをつなぎ夕焼雲
夏菊の束のカラフル母恋し
吾をしのぐ草の勢い八月尽
暑気中り脳の怠慢ゆるしおく
俳人とやペン走らせる音涼し
どかと残暑ポークソテーに黒胡椒
海は秋たった一人のはらからよ

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年7月号より

春風と男の背中神保町          松村 五月
山吹きのきみどりほどの記憶かな     小川トシ子
やわやわと雲いすわって花の冷え     山口美恵子
はろばろと大和の国の山桜        小林マリ子
閉店の旗揺らめきてつばくらめ      石井 昭子
桜満開ゆれながら迷いながら       大森 麗子
昨日でもあしたでもなく初蛙       小林多恵子
春疾風昭和のままの時計店        廣川やよい
夕暮の風待っている春落葉        藤巻 基子
風光る遠くに白い天守閣         北尾 節子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年7月号より

折鶴のどこも鋭角三月忌         和田 浩一
古書店の聖書の中で亀が鳴く       石倉 夏生
二人づれとは永遠の春景色        渡辺  澄
春の夕焼かなしみの行きどころ      大見 充子
み仏の大きなお耳浅き春         岩佐  久
柿若葉そこまでならば歩けそう      和田 璋子
帰る家あり春月が山の上         秋山ひろ子
よばれたような風のむさしの春霞     鈴木 瑩子
山門は叩かず青葉風のなか        小澤 什一
清明や声がきこえて野へ山へ       北尾 節子

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

前略用件のみにて蟬時雨         池宮 照子
木下闇ひとり深海魚のように       横田恵美子
夏蝶と別れてからのひとり旅       牧野 良子
老いる意味深く考え梅雨夕焼       梅田 弘祠
厨よりははの呼ぶ声夕端居        増澤由紀子
ひまわりのぽっと明るい出口かな     鷹取かんな
花茣座に太郎次郎の寝息かな       中野 朱夏
七月の何やら動く丘の上         山田 一郎

【白灯対談の一部】

 前略用件のみにて蟬時雨         池宮 照子
 子どもたちが待ちに待った夏休みがもうすぐやって来る。手紙や葉書を書く時、〝前略〟と云う便利なことばがある。季節の挨拶などは省いて、とりあえず〝用件のみ〟を書きたい時に使うことが多い。
 掲句は日常の些細なことを見逃さず、句材として引っ張り出したところがお手柄だ。何でも俳句にしてしまう作者の俳句脳は、いつも活発にはたらいているらしい。

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響焰2023年9月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202309

雲 ひ と つ       山崎 聰

おぼろ月すこし歩いて町中へ
まいにちが日曜日ふとさくら咲く
憲法記念日青空に雲ひとつ
ゆっくりと歩こうさくらが咲いたから
空高く海は青くて子供の日
人間に遠く花過ぎのひとところ
なんですかああそうですか五月雨
なんということのない昼雨ぐもり
きのうきょう梅雨空しかし夜は晴れ
元気かいはい元気ですアマリリス

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202309

海 を 見 て       米田 規子

地下鉄の新しい街青ぶどう
黒南風やくねくね曲がる上り坂
カンナの黄の華やぐあたり睡魔くる
七月や自転車漕いで海を見て
細くほそく刻む甘藍背を丸め
パリー祭ピタピタ夜の化粧水
冷房の効いてぎくしゃくする二人
打水のあとの夕空深く吸う
ふるさとへ吾は旅人蟬時雨
四年目の半分が過ぎ緑陰に

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年6月号より

身の内の振り子が止まり朧なり      石倉 夏生
やわらかき雨となりたる四月馬鹿     栗原 節子
ゆっくりとひろがる昔ももさくら     森村 文子
春一番黒いかたまり追いかけて      中村 克子
春泥を跳んでこどもになる日暮      秋山ひろ子
春風駘蕩大きな声で赤子泣く       小林マリ子
菜の花の満開の道そのうしろ       大森 麗子
この国のこの店のこの桜餅        中野 充子
ゆく道はほの明りして涅槃雪       石谷かずよ
うかと喜寿棘を顕に山椒の芽       齋藤 重明

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年6月号より

足音の二つに別れ春の闇         石倉 夏生
やわらかき雨となりたる四月馬鹿     栗原 節子
ゆっくりとひろがる昔ももさくら     森村 文子
花万朶あしたの風を待つように      加藤千恵子
省略のできないあなた春時雨       松村 五月
春愁の出口思えりあおい海        小川トシ子
春泥を跳んでこどもになる日暮      秋山ひろ子
うつし世の春を呼ぶ色金平糖       石井 昭子
母と暮せば昭和の親し花杏        小林多恵子
花辛夷紙漉くように日の過ぎて      浅野 浩利

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

白杖と捕虫網乗る始発バス        菊地 久子
くちなしの匂いを辿り遠い夜       中野 朱夏
裾からぐ浮世絵の女走り梅雨       伴  恵子
梅雨の蝶軒のしずくより生るる      池宮 照子
紫陽花の今日の色なりマティス展     牧野 良子
父の日のいつもの主役豆大福       金子 良子
どの色で引き返そうか七変化       長谷川レイ子
夏の日の規則正しき腹時計        森本 龍司

【白灯対談の一部】

 白杖と捕虫網乗る始発バス        菊地 久子
 子どもたちが待ちに待った夏休みがもうすぐやって来る。〝捕虫網〟を持って元気に駆け回る子どもたちの様子が目に浮かぶ。一方で視覚障害の人が日常的に使用される〝白杖〟。掲句は、この全く違う二つの「物」を取り合わせた俳句だ。さらに云えば、作者は対照的な二つの物だけに焦点を絞り、あえて人物などは詠っていない。だから読後の印象はかなり鮮明だ。早朝の〝始発バス〟に乗った作者は、眼前の光景を素早くキャッチしてこの一句を成した。大変良い作品と思う。

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響焰2023年8月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202308

さあどうする       山崎 聰

清明や戦車がとおる男とおる
春の星ささやくようにつぶやくように
もうすこし小さなこえで春の夜
東京は快晴なれど梅雨近し
いちにちはやはり一日五月雨
西空に雷雲湧けりさあどうする
房総を出てより久し夜半の月
ビー玉をころがしている霧の夜
もうすこし走れば越後月今宵
この世なおもうすこしあり朴落葉

 

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202308

明 日 葉       米田 規子

俤のあるにはありて梅雨の星
六月や鍋に小さな疵の増え
明日葉をパリッと揚げて健やかに
父の日の直立不動のちちであり
でで虫や朝からねむい日の手足
調律が終わりアガパンサスの昼
若返ることの叶わぬ更衣
夏草や紙と鉛筆無力なる
思い出の半分以上夏の海
夕空青く夏の匂いのバスタオル

 

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年5月号より

戦中の遠い虚空へ鳥帰る         石倉 夏生
おもいおもいに桜の下の少女たち     森村 文子
春夕焼エンドロールのひとりひとり    加藤千恵子
ややあってやがて離れて春の雪      松村 五月
春満月曲がりくねった道の先       波多野真代
ていねいにお辞儀してゆく二月かな    小川トシ子
一月おわるひとかたまりの雲のこり    鈴木 瑩子
齟齬ありてそっと夜明けの霜を踏む    大森 麗子
早春やいつもの道のいつもの灯      廣川やよい
遠山に雪降りはじめ明日のこと      北尾 節子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年5月号より

ぼろぼろの戦車を浮かす寒月光      石倉 夏生
三月の海とさくらと少年と        森村 文子
三叉路の一つは過去へ亀鳴けり      中村 克子
ひとつずつ落ちて椿のあかや赤      松村 五月
あこがれというは菫のようなもの     波多野真代
枯れるまで夢の続きを寒卵        蓮尾 碩才
少年は大きな気球春立ちぬ        戸田富美子
ポケットの鍵の冷たく三番線       山口美恵子
雨ざらり虚空ざらざら渋谷春       吉本のぶこ
かたかごの花地に足は着いているか    小澤 什一     

 

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

山藤のおちこち烟る岨の道        増澤由紀子
あのころの風に会うため春ショール    牧野 良子
夏隣り玄関先に迷い猫          山田 一郎
古墳より呼ばるる男五月闇        中野 朱夏
つばめ飛ぶ風を二つに切って飛ぶ     横田恵美子
境界のあやうさを這う浜昼顔       池宮 照子
しりとりのキリンで終るこどもの日    金子 良子
朧月スマホに残る母の声         原  啓子

【白灯対談の一部】

 山藤のおちこち烟る岨の道        増澤由紀子
 一枚の水彩画のような俳句で、淡い色彩の風景がこの一句に息づいている。。
  作者は日頃いろいろな場所に出かけて俳句を詠んでいるようだ。その積み重ねはとても貴重なことだと思う。
 掲句の〝岨の道〟は、山の切り立った斜面を縫うように造られた細い道だろうか。そういう険しい場所から〝山藤〟を眺めた作者はきっと感動したに違いない。〝おちこち烟る〟と云う措辞に〝山藤〟の咲きようがわかるのだ。まさに実感だったと思われる。眼前の風景をしっかりと作者のことばで一句に仕立てたところが良かった。

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響焰2023年7月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202307

さくら散る       山崎 聰

山の雪きのう見てまたきょうも見て
立春をすぎたるころの山と川
もうすこし遊んでいたいさくらさくら
さくら見にさそわれており町に住み
急ごうかさくらが見えるところまで
もう一度ふりかえり見て春の月
さくら散って彼のことまた彼のこと
明日のことすこし思いて春の星
さくら散る縁側の隅っこにいてひとり
四月一日雨の休日として暮れる

 

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202307

夏 燕       米田 規子

新しい楽譜を広げ夏燕
聖五月きのうの私消している
うっすらと鏡の汚れ走り梅雨
遠雷や絵画の青いヴァイオリン
波長合う人の隣にほたるの夜
ざわめきの残る胸底赤い薔薇
はたた神二十四時間使い切り
男の子にこにこ無口夏木立
万緑やことばいくつか見失う
ドラえもんのマンガ古びて夕焼雲

 

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年4月号より

獣道つづく月下の枯木山         栗原 節子
鮮烈に目立たぬように春が来る      森村 文子
くすりにも毒にもなって春の月      渡辺  澄
大寒や大空ふかくあおくあり       岩佐  久
雪が降る敵に味方にゆきがふる      蓮尾 碩才
風花やひとりで渡る今日の橋       鈴木 瑩子
雪蛍ふるさと風と空ばかり        大森 麗子
燈台のらせん階段野水仙         中野 充子
寒九の雨街やわらかく静もりて      藤巻 基子
手の平に光をあつめ冬の浜        北尾 節子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年4月号より

白梅が咲きそれからの一週間       森村 文子
哲学の色に染まりし夕枯野        中村 克子
去年今年こんがらがってまるまって    松村 五月
着ぶくれて年取って海青きかな      秋山ひろ子
漆黒のみちのく背(せい)高きカンナ    河津 智子
荒涼の冬の夕暮赤い帯          楡井 正隆
散り際のいのちの灯り寒椿        大森 麗子
このあたり東京の裏ポインセチア     廣川やよい
風のように不思議な人と冬木立      藤巻 基子
誕生日生まれるように覚めて雪      石谷かずよ     

 

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

子規が呼んでる春の日のホームラン    金子 良子
ささやかれささやきかえす春の宵     池宮 照子
逝く春の星かがやかす風水師       梅田 弘祠
本堂をふわりと包む芽吹きかな      中野 朱夏
うぐいすや朝のしじまの水汲みて     原田 峯子
木の芽風厚き窓開く蔵の街        横田恵美子
花は葉に子らはキラキラ飛び回る     伴  恵子
少年の眼差し阿修羅ヒヤシンス      酒井 介山

【白灯対談の一部】

 子規が呼んでる春の日のホームラン    金子 良子
 この句を読んだとたんに笑顔になる、そんな一句。
  掲句の意味や話の筋などは気にならない。明るい春の空にカーンと云う音が響き、白球がカーブを描いて高く飛んでゆく様子が目に浮かぶのだ。〝春の日のホームラン〟の措辞は勢いがあり、読み手の心を摑む魅力がある。草野球でもプロ野球でも良い。ホームランの気持ち良さがこの俳句から瞬時に伝わってくる。
 掲句の導入には〝子規〟が登場する。正岡子規は野球にも熱中し、日本の野球に貢献した人でもある。だから〝子規が呼んでる〟の措辞には作者なりの思い入れがあるかもしれない。ただこの句の前半と後半を無理に意味付けしなくても良いのでは、と思う。あくまでも明るく軽やかな佳句だ。

 < イースター赤い袋の角砂糖 >
 〝イースター〟は日本人にとってあまり馴染のない行事だ。春分後、最初の満月直後の日曜日を云い、キリストの復活を祝う日である。作者が思いきって〝イースター〟を詠もうと決めたことに拍手を送りたい。〝赤い袋の角砂糖〟との取り合わせ、離れ具合などとても上手くできた作品である。

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響焰2023年6月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202306

さ く ら       山崎 聰

こえを出すこともなくなり寒の底
凧あがる天まであがりふと不安
やさしさとちがうぬくもりさくらの夜
花菜みち遠くから呼ばれたようで
男二人女三人さくらの夜
さわさわとさくらが散って夜のはじめ
明日からはがんばろうねと春の暮
さくら散ってこの世大きくなりにけり
葉ざくらの上野千駄木男とおる
二人並んでひらひらと五月雨

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202306

新  緑       米田 規子

つくしたんぽぽ旅という別世界
一行詩生まれ新緑にそよかぜ
母むすめほど良く離れクレマチス
花ふぶき悠々自適なんて嘘
ラベンダーと遊んだしっぽ猫帰宅
若楓はにかんで言う「ありがとう」
どくだみの四五本抜いて旅の朝
見送りてもとのふたりに草若葉
悩ましい最後の五文字青嵐
花万朶その日うれいに支配され

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年3月号より

毛糸編む運河に潮の来る気配       加藤千恵子
陽の当たるただそれだけの木守柿     松村 五月
人といて人の寂しさ小春空        大見 充子
母眠り家眠り山眠りけり         秋山ひろ子
おもむろに雲がうごいて街師走      鈴木 瑩子
霜月のまんなかにいてとんがって     小林マリ子
路地裏は今も路地裏冬牡丹        石井 昭子
木枯しや多摩の子らには多摩の風     中野 充子
岬までまっすぐな道野水仙        廣川やよい
夜の音たとえば落ち葉重なりて      北尾 節子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年3月号より

あたたかき今日のこの日の返り花     森村 文子
冬紅葉もういいかいと鬼の云う      加藤千恵子
十二月八日虚空より羽の音        中村 克子
遺されてなお山茶花のうすあかり     河村 芳子
北総の沼尻あたり初時雨         小川トシ子
一歩ずつ雪のきざはし父の家       川口 史江
もうすぐ会える冬青空の青の中      小林多恵子
少年のナイフに光る春日かな       吉本のぶこ
無防備な自由のさきに鹿鳴けり      小澤 什一
それぞれに細長い影冬の午後       北尾 節子     

 

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

金平糖は光のかけら春の風        横田恵美子
春一番とぎれとぎれのトランペット    伴  恵子
背景はいつも笑っている躑躅       池宮 照子
春疾風廊下の奥の火消し壺        原  啓子
月天心まっすぐ続く白い道        酒井 介山
友偲ぶ幹くろぐろと花の昼        原田 峯子
春の風突然止まる縄電車         金子 良子
裸木の影踊りだす風の大地        中野 朱夏

【白灯対談の一部】

 金平糖は光のかけら春の風       横田恵美子
 卓の上にピンクや白、水色などの金平糖がころがっていて春の光の中で煌めいている。まるで一枚の写真のような俳句だ。眼前の情景をきちんと詠い、鮮やかな一句である。
  その中で作者の感じ取ったことが〝金平糖は光のかけら〟と云う措辞で、特に〝光のかけら〟がこの句の眼目と思う。
 一方、結句〝春の風〟に意外性はないけれど、ごく自然な流れの中で掴んだ季語と思われる。この〝春の風〟が〝光のかけら〟と響き合って一句をより豊かにふくらませている。

 春を待ちわびていた作者にとって金平糖の色や可愛い形などがまさに春の喜びなのだ。

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響焰2023年5月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202305

きのうきょう       山崎 聰

みんな一緒に歩こうよ冬の星
きのうきょう快晴なれど北風強し
人通るたび寒くなる雪の街
日本列島どこかが雪の日曜日
すこしだけ死が見えてきて丘に雪
きのう青空きょう雪空という不思議
横浜元町蝶二頭縺れくる
ふたりでおれば秋の大きな日が落ちる
赤とんぼ東京を出てみちのくへ
ばら咲いてききょうが咲いて雨の中

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202305

何 摑 む       米田 規子

ともしびの遠くにひとつ二月尽
紅梅白梅ときめきが足りなくて
春雨やふっとひと息木曜日
スイートピーこれから叶うこといくつ
春の夢母とむすめとその娘
がたんごとんトトロの森へ春の月
三月のざわざわぐらり何摑む
永き日を行きて戻りぬ亀の首
落椿その後の彼女しあわせか
芽柳の風の曲線詩をつむぎ

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年2月号より

その夜の思索の中へ木の実降る      石倉 夏生
ゆきもよい遠くの家に灯がついて     加藤千恵子
紅葉かつ散るふるさとは薄目して     中村 克子
冬晴は真水が空にあるような       大見 充子
郁子の実や古里を待つのは私       波多野真代
みちのくはぼんやりやさし黄のカンナ   河津 智子
海を見て山を見ていま郷の秋       小林マリ子
群青の空の入口木守柿          大森 麗子
いわし雲坂の途中の洋書店        廣川やよい
銀杏黄葉散り尽くしてから冷静に     藤巻 基子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年2月号より

そよかぜに磨かれてゐる枯蟷螂      石倉 夏生
鶏頭の頭を撫でて日が暮れて       森村 文子
駅という冬めくところ横浜は       渡辺  澄
昼前に雨あがりけりさて師走       松村 五月
晴は真水が空にあるような        大見 充子
もみじあかり合わせ鏡の右ひだり     河村 芳子
ちちとはは芋にんじんのあたたかし    鈴木 瑩子
さびしさを真っ赤に灯し烏瓜       川口 史江
真葛原途方にくれるひとところ      中野 充子
いっしんに野菊は今日の空の色      石谷かずよ

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

雪女わらべうたより生まれ出る      中野 朱夏
しなうこと知らぬままなる枯薄      池宮 照子
春を待つ肩の力を抜いて待つ       金子 良子
春泥にころがっている幼き日       牧野 良子
寂しさに極上のあり寒茜         黒川てる子
陽に抱かれ風に磨かれ梅ふふむ      原田 峯子
ゆらゆらと茶柱二本春を待つ       横田恵美子
四世代触れたる蒔絵の雛道具       辻󠄀  哲子

【白灯対談の一部】

 雪女わらべうたより生まれ出る      中野 朱夏
 一読、軽い驚きと作者の感性の豊かさに心を打たれた。私がこれまで抱いていた〝雪女〟とは違うイメージを思い浮かべた。それは〝雪女〟の誕生を詠っていることと〝わらべうた〟から生まれると云う作者の独断がとても美しいからだ。これまで想像していた〝雪女〟はどちらかと云えば妖怪に近い幻想的なイメージ。朱夏さんの詠う〝雪女〟は純真無垢で、もっと人間に近い〝雪女〟。その自由な発想に脱帽。
  <雲よりも薄き月なり実朝忌>
 上五中七と〝実朝忌〟との微妙な関わりが素晴らしいと思う。全然別のことを詠いながら〝実朝忌〟への着地が良かった。読後に命の儚さがじーんと伝わってくるのだ。物静かに詠っているが、句の拵え方がすぐれている作品だ。

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響焰2023年4月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202304

十 二 月       山崎 聰

めがねはどこにカチカチと冬の夜
秋の長雨らし東京の石だたみ
すこし寒くなって東京の奥の奥
とちぎは寒しとうきょう眩し丘の上
深川のまんなかあたり冬の晴れ
霜柱踏んでたしかに生きている
今日のことだけを思いて雪の中
雲か雪か遠山の日暮れどき
ひそかなるたのしみ大雪のあとの景
十二月こころを軽くして町へ

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202304

雲 湧 い て       米田 規子

人の輪をいっとき離れ紅椿
寒禽の声とんがって検査の日
梅の香やきのうと違う雲湧いて
春の匂いきょうやわらかき空の青
抜かれゆく血のワイン色春寒し
薄氷や見えないものに目を凝らし
梅ひらき睫毛のながい男の子
はじめてのピアノのドレミ春の雲
ふくふくと茶葉のひろがり春彼岸
生も死も風にふるえてクロッカス

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2023年1月号より

萩の花こぼるる日暮呼ばれいて      栗原 節子
いもうとのすぐ泣きやんで暮早し     渡辺  澄
仲秋の眠れば澄みて笙の笛        大見 充子
ほろほろと父の晩年銀木犀        小川トシ子
小鳥来る幸せそうな形して        秋山ひろ子
あれこれとこれもあれもと夏のはて    相良茉沙代
風の先見えるはずなく十一月       鈴木 瑩子
群衆のうしろの翳り十三夜        大森 麗子
やわらかくひと日は暮れて赤のまま    大竹 妙子
ほつほつと愛おしき日々茨の実      石谷かずよ

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2023年1月号より

雑木山冬の足音近づけて         栗原 節子
秋高しあるいてゆけるところまで     加藤千恵子
人の目に黙に疲れて秋灯         中村 克子
仲秋の眠れば澄みて笙の笛        大見 充子
晩秋や大川わたり清州橋         岩佐  久
鰯雲引き返すにはもう遅い        蓮尾 碩才
秋日和ひかりと影の交差点        小川トシ子
風の先見えるはずなく十一月       鈴木 瑩子
秋惜しむ安達太良山の空の青       小林マリ子
雲の峰モーゼは海を割り進み       齋藤 重明

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

冬の床つくやたちまち孤島なす      池宮 照子
冬銀河かなわぬ夢はポケットに      横田恵美子
元旦や我をつらぬく光の矢        伴  恵子
乾物に磯の香ほのか喪正月        菊地 久子
太陽のひかり整い梅二月         牧野 良子
晩節は落ち着かぬもの花八ツ手      金子 良子
干蒲団ただそれだけの平和かな      黒川てる子
畳屋の軒の鳥籠小春の日         原  啓子

【白灯対談の一部】

 冬の床つくやたちまち孤島なす      池宮 照子
 一読、真冬の夜の寒さに身も心も凍るような気がした。それでもこの句に惹かれたのは、私自身大いに共鳴できたことと、個性的な詠い方に迫力があったからだ。
 掲句の内容を俳句で詠おうとすると、ともすれば散文のようになりがちだと思うが、中七で〝つくやたちまち〟と切って俳句のリズムに乗せたところが良かった。音楽に例えれば〝つくや〟〝たちまち〟それぞれにアクセントが付いている感じがして、その措辞が力強い。
 〝冬の床〟がたちまちにして〝孤島〟のようになると云う大変厳しい心情を吐露した俳句だが、拵え方に工夫があり、魅力的な一句となった。
 <初夢のあらすじ描き熟睡す> 最初の句とは対照的でとても楽しい一句だ。予め〝初夢のあらすじ〟を考えておくとはユニークな発想だ。しかも結句〝熟睡す〟と着地して遊び心たっぷりの俳句で面白い。

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響焰2023年3月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202303

あいついまごろ       山崎 聰

青空の奥も青空赤とんぼ
秋はじめ本郷通り風吹いて
虫の夜あいついまごろどうしてる
地震のあと神鳴り三たびそして雨
どんぐりを踏んでたしかに生きている
ことし逝きたる誰彼のこと十一月
日暮れはさびし雪止みしあとはなお
きのうきょう杖突いてゆく落葉道
九十一歳雪の中雪を被て
落葉みち東京という大都会

 

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202303

天 の 声       米田 規子

冬枯や朝の匂いの目玉焼
黙々とはたらく背中冬ぬくし
限りなく枡目を埋める冬の星
一月や日の温もりの大きな木
忙中の閑を探して冬木の芽
冬帽子風吹き止まぬ胸の中
悴めりスマホに時間奪われて
山眠る縷々と血脈うけつがれ
裸木のみな宙を指し天の声
好日やこんにゃくを煮て着ぶくれて

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年12月号より

墓のみち坂道容赦なき残暑        栗原 節子
じゅうぶんに老人になり曼珠沙華     森村 文子
障子貼るこの世にわたしのいるかぎり   渡辺  澄
その先は舟でゆきたし十三夜       加藤千恵子
拠りどころなければ歩き夜の秋      松村 五月
泣かないで木槿の花の咲いただけ     大見 充子
海暮れてふりむくこともなく晩夏     秋山ひろ子
夏鶯柱磨いて夕暮れて          楡井 正隆
あなたの眼あなたの青空レモン切る    小林多恵子
山と川草と家在る秋の暮         吉本のぶこ

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年12月号より

母戻るころかなかなの声しきり      栗原 節子
初嵐未来のことは忘れけり        渡辺  澄
その先は舟でゆきたし十三夜       加藤千恵子
拠りどころなければ歩き夜の秋      松村 五月
歩かねば明日が遠く秋日傘        和田 璋子
遊びたい猫とカマキリ昼の月       秋山ひろ子
あんなことこんなことなど夏のはて    相良茉沙代
赤とんぼあとすこしだけここにいる    石井 昭子
先生の捩じり鉢巻秋の雲         廣川やよい
山と川草と家在る秋の暮         吉本のぶこ

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

冬ざれやスキップする子の赤い靴     伴  恵子
蒲色の秋を漕ぎゆくふたりづれ      中野 朱夏
初雪やお地蔵さまの欠け茶碗       菊地 久子
極月をじっと見下す鴉かな        金子 良子
寒泉のおもて平らかならずして      池宮 照子
万葉の風そよぐころ杜鵑草        牧野 良子
山茶花や優しい声が遠くから       原  啓子
インバネス祖父の矜持の厚さかな     増澤由紀子

【白灯対談の一部】

 冬ざれやスキップする子の赤い靴     伴  恵子
 この冬もクリスマスの煌めくイルミネーションに始まり、年末年始の行事がひと通り終わるころ、あたりは日常の貌を取り戻し、本格的な寒さと〝冬ざれ〟の蕭条たる木立や街並はモノトーンの世界へと変化する。〝冬ざれ〟と云う季語は単に目の前の景色を表わすだけでなく、なにか人の心にも寂しさを感じさせるようだ。
 掲句はそんな〝冬ざれ〟と〝赤い靴〟との取り合わせで、一気に世界が明るくなった。しかも〝スキップする子〟が登場して、冬の寒さにも負けない元気な様子が目に見えるようだ。〝スキップする子の赤い靴〟は、スキップする子どもの活発な動きと、モノトーンの風景の中の〝赤〟を際立たせていて生命力を感じた。平明なことばを使い、詠いたいことがしっかり表現できている作品だ。

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響焰2023年2月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202302

いつしか       山崎 聰

関東に大雨警報かたつむり
蝶とんぼしきりにとんで大埠頭
夾竹桃咲いていつしか父のこと
誰にも会わずいっせいに蟬が鳴く
亡き人を思いいわし雲の彼方
そうかそうかとうなずいている虫の夜
落日をさいごまで見て灯の街へ
すこし寒くなって東京の路地の奥
ひとりであるくあたたかい日の落葉みち
駅を出て港の方へ冬帽子

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202302

ポインセチア       米田 規子

落葉踏むむかしのはなし美しく
あかるいほうへ大きく曲がり冬の川
渋柿の渋抜けるころ日本海
はじまりはスローバラード冬景色
冬のガーベラ精いっぱいのわたし
冬至南瓜こっくり煮えて母の笑み
背中押す見えない力冬木立
ポインセチア燃えほろ苦き帰り道
降誕祭むすこが作るビーフシチュー
愛がまだくすぶっている枯木山

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年11月号より

愁思とは沼を動かぬ雲一片        石倉 夏生
舟が来てみな舟に乗る八月よ       森村 文子
赤トンボひと日ひと日を旅として     加藤千恵子
八月は手足の長い影である        松村 五月
掃苔や向き合えばなお風の音       河村 芳子
はじけ飛ぶのは哀しいから鳳仙花     波多野真代
真ん中に不条理がおり夏の雲       蓮尾 碩才
少年にかかえきれない夏終る       石井 昭子
甚平の背ナ追いかけて夢の中       川口 史江
夏蝶の波に溶けゆく夕間暮れ       中野 充子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年11月号より

満月をよぎる柩の孤影かな        石倉 夏生
充実の色となりたる茄子の紺       栗原 節子
舟が来てみな舟に乗る八月よ       森村 文子
赤トンボひと日ひと日を旅として     加藤千恵子
戦争の気配蠅叩買い替える        中村 克子
酔芙蓉拠りどころなき今日であり     松村 五月
虫籠の光を逃がす夜の底         蓮尾 碩才
炎天や一方的にせめてくる        小川トシ子
亡き人の日々に濃くなり夏の月      戸田富美子
守宮来る入院の日の軒先に        浅野 浩利

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

秋風に押されて入る西洋館        牧野 良子
時雨るるや代わる代わるに父母の声    池宮 照子
手を広げ海の半円抱く秋         伴  恵子
一歩ずつ宮益坂をうすもみじ       金子 良子
夕暮の白く冷たき葱一本         原  啓子
この国の戦後いつまで秋夕焼       菊地 久子
モーツァルト神は花野に棲み給う     中野 朱夏
野の花はやさしい色に一葉忌       朝日 さき

【白灯対談の一部】

 秋風に押されて入る西洋館        牧野 良子
 去る十月二十七日、横浜にある神奈川近代文学館で三年ぶりの「白秋会」が開催された。コロナ禍以降さまざまな行事を中止していたので、久しぶりの再会に皆の気持ちが弾んだ。
 その日は秋晴れで吟行には最高の日和だった。「港の見える丘公園」をはじめとして、外人墓地や西洋館など異国情緒あふれる街並を吟行した。ブラフ十八番館、エリスマン邸、外交官の家などの西洋館は歴史ある建物なので重厚な感じが漂う。何度訪れても西洋館とその周辺の雰囲気に魅了される。
 掲句はまさに「白秋会」での吟行句だ。私が注目したのは〝押されて入る〟と云う措辞だ。単に〝秋風〟が作者の背中を押したのではない。西洋館の敷居が高かったとも思えないのだが、なにか一瞬のためらいがあったようだ。作者は自ら入ったのではなく〝秋風に押されて〟入ったような感覚だったのだ。その感じを捉えて即座に一句作ったのではないか。吟行句としても、また吟行を離れても立派に成り立つ作品だと思う。

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響焰2023年1月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202301

無為の日々       山崎 聰

さくらたんぽぽ九十一歳男子なり
ほととぎす里のちちはは如何におわす
古本に囲まれ暮らす夏の日々
終戦の日山鳩がしきりに鳴いて
大空をちぎれ雲とび秋立つ日
山鳩が朝から鳴いてきょう母の日
満月のあとの数日村の地蔵
秋の虫鳴きはじめさて父母如何に
屈託の行ったり来たりして夜長
ふたつみつ山栗こぼれ無為の日々

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202301

少し青       米田 規子

横浜やポンポンダリアの晴れの空
小春日のマスク外せぬ日本人
ラフランス熟して詩(うた)になるところ
鴉啼き立冬の空少し青
急坂やぎんなん降って風吹いて
夕空にうっすらと富士ふゆはじめ
小豆煮る遊びごころをかきまぜて
核心のわからずじまい冬林檎
熊手を高くエスカレーター下りてくる
冬の星行きつくところ独りなり

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年10月号より

ひまわりの列しんかんとして真昼     栗原 節子
海の駅うしろすがたの麦わら帽      森村 文子
手に残る鉄鎖の匂い日雷         松村 五月
是非もなし八月の空ほろ苦く       大見 充子
廃線の行き着くところ大西日       北島 洋子
とりとめのない日々蟬が鳴き出して    秋山ひろ子
笹舟のおぼつかなきも風のせて      鈴木 瑩子
やわらかな午後の風音おおでまり     楡井 正隆
純粋のあつまっている青ぶどう      小林多恵子
見えぬもの見えぬままなり八月来     吉本のぶこ

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年10月号より

一色の思想ひろがり小下闇        石倉 夏生
夏青空歩いて休んでまだ遠い       森村 文子
八月やモーツァルトを人類に       松村 五月
朝曇りどこぞを病みて眉を引く      河村 芳子
是非もなし八月の空ほろ苦く       大見 充子
ぴかぴかの青空かたつむりの休日     秋山ひろ子
遠花火海の声いま父の声         河津 智子
たちまちに海の暮れゆく半夏生      楡井 正隆
日の盛水音軽く山の寺          廣川やよい
つづれさせあれは還らぬものの声     吉本のぶこ

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

敬老日クイズ一位の鯨缶         菊地 久子
満月の微かに揺らぐ水面かな       酒井 介山
改札を過ぎて一歩の月今宵        牧野 良子
冬めくや猫は尻尾返事する        金子 良子
地下街のどこから出ても鰯雲       横田恵美子
陶然とタクトのままに猫じゃらし     池宮 照子
親子とて山は極秘の茸狩         梅田 弘祠
朝練のスマッシュ強く百舌の声      長谷川レイ子

【白灯対談の一部】

 敬老日クイズ一位の鯨缶         菊地 久子
 令和4年9月10日の満月は本当に素晴らしかった。月光が降り注いで辺りは白々と明るく、夜空に輝くまん丸なその月は心が洗われるほど美しかった。
 作者の菊地久子さんとは、ずっと以前お互いに若かった頃、響焰の白秋会など大きな吟行会でお会いしたことがあり、とてもお元気で楽しい方だったと記憶している。それ以来お会いしていないが、地元でしっかりと俳句の勉強をされてご活躍の様子なので嬉しく思っている。
 掲句は単刀直入にズバリと〝敬老日〟を詠んだところが面白い。動詞は使っていないので説明など無く、ポンポンポンと勢いが良い。取り分け結句の〝鯨缶〟は秀抜だ。意外な一等賞に作者も驚いてこの句が生まれたのかもしれない。 同時発表の<たたかいの匂いのひとつ蒸し藷>にも共鳴。コロナウイルスとの闘い、ロシアとウクライナの戦争など不穏な世界情勢を作者の目線で描いた佳句と思う。

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響焰2022年12月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202212

秋から冬へ       山崎 聰

雨降りつづき著莪の花著莪の花
忘却の彼方にありて夏の雲
山暮れてそろそろ河鹿鳴くころか
敗戦日月下うかうか生き延びて
大声で呼ばれふり向く蛍の夜
もうすこしがんばってみよう夏満月
真暗がり誰も知らない蛇の穴
町に出てすこし歩きぬ月の夜
めずらしきことと思いぬ屋根に雪
新宿も銀座もさむき秋立つ日

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202212

小さなハート       米田 規子

風を描きカンバス一面花野原
平凡ないちにち林檎の紅きいろ
まだ柿の色付き足りぬ夕日かな
すこやかに術後一年秋桜
ぼんやりと未来が見えて吊し柿
泡立草なんだかんだと云ってくる
ベルギーチョコの小さなハート秋灯
こわごわと通草の冷えを掌に
ビルの灯のビルをあふれて暮の秋
おだやかなきょうを賜り紅葉狩

 

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年9月号より

母家より少し離れて桐の花        栗原 節子
砂山の向こう砂山夏の海         森村 文子
自販機の中の混沌いなびかり       加藤千恵子
人の死に蝶のあつまる夕まぐれ      中村 克子
薔薇散ったあとのうやむやそれを見る   松村 五月
森騒ぐ風がみどりとなるころか      大見 充子
青葉騒とおくで赤子泣いている      小川トシ子
白南風や一丁目一番地の空        山口美恵子
水無月のうす昏がりの少年よ       鈴木 瑩子
空っぽの夕立あとの裏通り        小林多恵子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年9月号より

沖縄忌町に夕餉の匂い満ち        和田 浩一
我先にそよぎだす青ねこじゃらし     石倉 夏生
青空は心底さみし花いばら        栗原 節子
太初より言葉はつばさ麦の秋       加藤千恵子
明け方の正しい位置に蟇         松村 五月
過ぎゆくは日傘の男昌平坂        河村 芳子
みんな居て一人足りない梅雨の月     大見 充子
寅はなくさくらも八十路夏は来ぬ     蓮尾 碩才
青田風何もないけど卵焼         山口美恵子
幸せはあなたのうしろかたつむり     加賀谷秀男

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

窓ぎわの折鶴の影良夜かな        横田恵美子
裏返して愁思をはたく二度三度      池宮 照子
風の名にそれぞれ母国秋隣        齋藤 重明
洗濯物ふわりと落ちて大夕焼       金子 良子
秋の蟬古刹の階に転がれる        鹿兒嶋俊之
名月や庭どなりから下駄の音       長谷川レイ子
音もなくただ風が吹く今朝の秋      北尾 節子
無花果を捥いで生家の空の色       牧野 良子

【白灯対談の一部】

 窓ぎわの折鶴の影良夜かな        横田恵美子
 令和4年9月10日の満月は本当に素晴らしかった。月光が降り注いで辺りは白々と明るく、夜空に輝くまん丸なその月は心が洗われるほど美しかった。
 掲句は下五〝良夜かな〟と静かに詠嘆をしている。作者も仲秋の名月の夜を心ゆくまで楽しんだようだ。
 この句は〝折鶴の影〟と〝良夜〟の取り合わせで成り立っている。光と影の対比とも云えるが、そこは作者の工夫のあとが見られ、「月光」とか「満月」などでなく〝良夜〟を選んだことが成功していると思う。<先を急ぐバイクの僧侶秋日和> この句にも注目。日常の一こまをひょいと掴んで楽しい俳句だ。〝バイクの僧侶〟に現代の社会が反映されている。

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響焰2022年11月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202211

とことこと       山崎 聰

すみれたんぽぽ房総のはずれに居り
海山になにもなければさくら見て
みんな仲間たんぽぽ綿毛こどもたち
牛を曳き葉ざくらの道とことこと
落柿に赤いところも村はずれ
薔薇香り関東平野雨のなか
境内は蟬鳴くばかり日暮れどき
崖下をやわらかい風七月来
坂道のもうすこし先墓参り
落葉みち杖でさぐりてふと無頼

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202211

茨 の 実       米田 規子

誰かれのこと青柿おもくなる
飲み忘れたる薬のゆくえ天の川
茨の実ひと山越えてはじめから
土砂降りの音フォルテシモ林檎噛む
FAXのはらり一枚虫の闇
約束をのばしてもらい秋夕焼
台風の進路にいるらし塩むすび
その先を考えている竹の春
秋しぐれチャーハン跳ねる中華鍋
ハキハキと答える子ども豊の秋

 

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年8月号より

みどり立つ雨の水輪の飛鳥山       栗原 節子
五月青空えんぴつの転がって       森村 文子
憲法記念日ぶつかってくる黒い影     中村 克子
曖昧に人集まって春闌ける        松村 五月
ひとりずつ空の真ん中五月晴       大見 充子
ざわざわと勝鬨橋の白い靴        蓮尾 碩才
園児のこえ先生の声麦の秋        小川トシ子
街の灯のひとつずつ消え遅き春      相良茉沙代
入口のふくらんでいる春の街       楡井 正隆
下町の夏の太陽小学校          廣川やよい

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年8月号より

廃校のそれぞれの窓夕桜         和田 浩一
五月青空えんぴつの転がって       森村 文子
葉桜やまだ何者でもない少年       松村 五月
ひとりずつ空の真ん中五月晴       大見 充子
手のひらの百円軽く春の昼        蓮尾 碩才
てっぺんは夏雲になる観覧車       北島 洋子
更衣風を待たせていたりけり       秋山ひろ子
入口のふくらんでいる春の街       楡井 正隆
花は葉にやがて日暮れを呼ぶように    大森 麗子
新樹さざめき遠景を見失う        小林多恵子

 

【米田規子選】

<白灯対談より>

壁に翅広げいるもの秋澄めり       池宮 照子
雲とんで山の彼方へ墓洗う        北尾 節子
ばらばらと愛が崩れてダリアの夜     牧野 良子
大夕立壁の魚が泳ぎ出す         横田恵美子
神鳴や線香灯すおばあさん        鹿兒嶋俊之
トマトごろごろ新聞の休刊日       金子 良子
明易し欄間に動く松の影         原田 峯子
橋数多通るセーヌの舟遊び        増澤由紀子

【白灯対談の一部】

 壁に翅広げいるもの秋澄めり       池宮 照子
 年々、夏の暑さが厳しいと感じるようになった。それは地球温暖化のせいだけでなく、加齢による体力不足も大いに関係がある。そんな夏の暑さをなんとか凌ぎ、ある日ふっと秋が訪れる。これまでと明らかに違う風に心と体が安らぐ。そして秋の空、水、空気などがどんどん透明感を増してゆく。
 掲句は作者なりの感じ方、詠み方で存分に〝秋澄めり〟を表現していると思う。まず〝壁に翅広げいるもの〟と見た瞬間を捉えた措辞は素晴らしい。読み手は〝翅〟の薄さやほんの少しの震え、あるいは壁と同化しそうな翅の広がり方など多くのことを想像できるのだ。そして、その巧みな措辞のあと十分な間合いがあって、〝秋澄めり〟と着地した。前半はとても緻密なフレーズ、結句は〝秋〟そのものを全身で享受しながら、どこまでも澄みゆく〝秋〟を読み手に伝えることができた。
 同時発表の<盆の月宗朝体の紹介状>にも注目した。何も云ってないが、〝盆の月〟が効いていて格調高い一句。

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響焰2022年10月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202210

無  聊       山崎 聰

明日が見えるはずもなくももさくら
これからを思えばさびし花のあと
さくら散り鳥啼き海山暮れはじむ
青葉木菟ひとこえ鳴いて無聊なり
海山のあわいに光みどりの日
東京は朝から晴れて梅雨の入り
青葉騒ひそひそといる彼彼女
五月の雨郵便局を過ぎてすこし
ふたつみつ青梅ころげああ無情
彼彼女そしてわれらに夏来たる

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202210

栗色の髪       米田 規子

夕蟬の声のさざなみ風生まる
ゆく夏の木陰に集いジャズバンド
この世に行き交い空港大夕焼
くらくらと時差にねじれて夏落葉
米国につながるいのち金銀花
PCR検査大陸残暑かな
朝霧の光を踏んでしんがりに
アメリンカンジョーク遅れて笑い水の秋
栗色の髪やわらかく泉汲む
狂おしく暮れる大空百日紅

 

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年7月号より

春宵のページめくれば地獄絵図      石倉 夏生
しずけさに深さのありてさくら満つ    栗原 節子
さくらさくら清らかなる白骨に      森村 文子
花筏ごつんごつんと自由なり       加藤千恵子
ひとりずつ離れて座る朧かな       中村 克子
夜に散るなりさくらいろの桜       松村 五月
さくら見て塔へのぼってふと不安     波多野真代
大空を白い夢ゆく春の午後        楡井 正隆
きいろからはじまる春よとんびの輪    川口 史江
引力を遠くはなれて春の月        石谷かずよ

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年7月号より

切株の年輪の数戦災忌          和田 浩一
春眠の奥へ躰を置いて来し        石倉 夏生
しずけさに深さのありてさくら満つ    栗原 節子
ひとりずつ離れて座る朧かな       中村 克子
夜に散るなりさくらいろの桜       松村 五月
夕桜一軒残る餅菓子屋          岩佐  久
病む人にともす一灯初桜         大見 充子
たましいの解き放たれてさくら散る    波多野真代
地球儀の地球でこぼこ花曇        石井 昭子
引力を遠くはなれて春の月        石谷かずよ

 

【加藤千恵子選】

<白灯対談より>

横浜の大きな空をほととぎす       金子 良子
情動の解き放たれて月下美人       池宮 照子
梅雨寒や隅に落着く珈琲店        横田恵美子
青い花一気に咲いて夏来たる       北尾 節子
白濁の出て湯に浸かり明易し       鹿兒嶋俊之
路地裏の風鈴ついに風になる       牧野 良子
壺に挿すひまわりあふれ笑顔の黄     長谷川レイ子
山開き仲間と集う山の小屋        山田 一郎

【白灯対談の一部】

 横浜の大きな空をほととぎす       金子 良子
 鳴き方は「天辺かけたか」とか「特許許可局」と聞こえるほととぎす。この小さな渡り鳥は口腔が赤く、「鳴いて血を吐く」と云われた。
 杉田久女の<谺して山ほととぎすほしいまま>は有名。
 以前響焰の新樹会で鎌倉の新緑を歩いた時、この句の凄さをひしひしと感じた。
 さて、金子さんの〝ほととぎす〟を詠った掲句も、スケールの大きい明るい作品で、久女に負けていない。
 因みに作者は横浜の人であり、その〝大きな空〟のもとで暮らしている。例えば「東京の大きな空」では詩に遠いものになってしまう。〝ほととぎす〟も絶妙で動かない佳句。

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響焰2022年9月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202209

葉ざくら     山崎 聰

死もすこし見え大雪の朝の景
明石町葉ざくらの路地からこども
葉ざくらの川沿いのみち異人館
さくら吹雪のうしろ青空こどもたち
キエフは遠し葉ざくらの道なお遠し
ちちよははよ葉ざくらの街過ぎるとき
何するということもなくみどりの日
遠く近く亡きもののこえ若葉雨
新緑が遠くにありてふつうの日
山峡に住んで十年ほととぎす

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202209

シナモンロール       米田 規子

夏蝶のワルツ右脳を喜ばす
入道雲B4出口に辿り着き
片蔭に身を細くして大都会
夏の少女よ黒髪のやや重く
この街の空に親しみ立葵
緑蔭に散らばり詩人らしくなる
のび放題の夏草とのっぽビル
たそがれて曲り胡瓜のひと袋
スカートに絡む海風晩夏かな
香りよきシナモンロール秋隣

 

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年6月号より

深々と木の葉を沈め蝌蚪の陣       栗原 節子
亀鳴くやかなしみは人に残りて      渡辺  澄
抜け道の先のくらがり孕み猫       小川トシ子
雪の匂い水の匂いの春の家        秋山ひろ子
ふるさとの駅がらんどう春北風      山口美恵子
海へ行くまっすぐな道春夕焼       楡井 正隆
小さき街へ小さき春くる赤いくつ     石井 昭子
躓きの先に見えくる春の虹        中野 充子
春の風街角曲り花屋まで         森田 成子
秩父嶺のふわりとうかぶ春夕焼      小林多恵子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年6月号より

探梅の人差指にみな従ふ         石倉 夏生
雛飾り戦をにくむ母であり        渡辺  澄
遠き日へ雛を帰し海を見に        加藤千恵子
いち日はやさしい色の毛糸編む      松村 五月
初蝶ゆらり硝子玉やや白濁        河村 芳子
エリカ咲く涙色してウクライナ      大見 充子
三月の雲なにもなかったように      波多野真代
朧夜のにおいのひとつ玉三郎       鈴木 瑩子
虚ろなる東京の空ふきのとう       大森 麗子
ふらここのゆれ残りたる夕間暮      浅野 浩利

 

【米田主宰の選】

<白灯対談より>

薫風や犬に従う一万歩          牧野 良子
真っ赤なトマト誰からも愛されて     原  啓子
木道にひと刷毛の風梅雨晴間       池宮 照子
夏木立あるいは神の通り道        北尾 節子
薔薇園や裸像の弾く日のひかり      鹿兒嶋俊之
頑張って生きているかと百千鳥      原田 峯子
百年が壱人生ぞ竹の花          畑  孝正
紫陽花やベンチに杖の忘れもの      金子 良子
トンカツを切る音キャベツ刻む音     黒川てる子

【白灯対談の一部】

 薫風や犬に従う一万歩          牧野 良子
 この句の作者は犬派で、日々愛犬との生活を楽しんでいるようだ。ペットのお世話をする大変さはあっても、それ以上に愛犬と触れ合うことで幸せを感じていることだろう。
 掲句で注目したのは〝犬に従う〟と云う措辞だ。犬は人に従順な動物だと思うが、この句では立場が逆で作者が〝犬に従う〟ことを詠んだ。風薫る気持ちの良い日に作者と愛犬は颯爽と〝一万歩〟を歩いた。健康な犬と元気な作者が見えてくる。喜んで〝犬に従う〟感じが微笑ましい作品だ。
 同時発表の<鉄線花空家になってからのこと>にも共鳴。なにやらミステリアスな雰囲気を醸し出しており〝鉄線花〟の斡旋も良かった。

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