響焰俳句会

ふたりごころ

響焰誌より

響焰2022年8月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202208

さくら散る     山崎 聰

立春を過ぎ朴の葉のまるいところ
海よりも山よりもなお春空よ
さくら散って見えるものみな眩しい日
高原の牧場遠く山ざくら
ざわざわとかついっせいにさくら散る
人いつも不意に奈落へ春の夜
さくら散ってなにも見えなくなりにけり
晩春というさびしい日のコーヒー
大きな空にちぎれ雲飛びみどりの日
青空はいつも遠くに朴の花

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202208

麦   星       米田 規子

にっぽん青天新茶の封を切り
我もまた弱者のひとり青葉木菟
走り梅雨バジルを摘みて香る指
少年に銃十薬の花の闇
よわき者らへ六月の風のうた
麦星やジャズピアニスト獣めき
つんつんと元気まひるの青木賊
短夜の黙って食べるおとこなり
白南風や一身上という訣れ
はたらいて働いてひるがおに夜

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年5月号より

樹の洞に枯葉の溜まるふるさとよ     栗原 節子
少年の涙のかたち冬の蝶         森村 文子
いつからの無口ひひなもはらからも    加藤千恵子
にんげんの影につまずく冬の蝶      中村 克子
立春大吉月の兎がまろび出て       大見 充子
ひとりひとりの帰路に漂う冬帽子     河津 智子
きさらぎの鏡のなかの向う側       鈴木 瑩子
つまずいて身の内揺らぐ冬の月      石井 昭子
大空に帰路という道雪あかり       大森 麗子
生国おもう雪のにおいと雪のいろ     中野 充子

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年5月号より

梅白し無菌の風を深く吸ふ        石倉 夏生
すこし寒い春風のよう君は        森村 文子
奪いあう母の膝なり春兆す        渡辺  澄
校庭に晩秋という落し物         中村 克子
青春は二月の駅に吹き溜まる       松村 五月
きさらぎの河馬の薄目をあけるごと    大見 充子
泣き面や眩きほどの寒の月        波多野真代
動かない山がうしろに日向ぼこ      秋山ひろ子
素気なく別れてきたが雛の家       相良茉沙代
雨降らば雨やわらかき二月尽       石井 昭子

【米田主宰の選】

<白灯対談より>

影として頭上をわたる夏の蝶       池宮 照子
よく晴れて四十九日の蝶二頭       齋藤 重明
不可もなく可もなく春の無音の日     北尾 節子
半分は海の風なり鯉のぼり        牧野 良子
葉桜の奥の暗がり石の塔         鹿兒嶋俊之
年月のべっこう色の夕焼けかな      増澤由紀子
風五月おむすび一つ食べ残す       金子 良子
花冷えや焼きたてパンと珈琲と      原田 峯子

【白灯対談の一部】

 影として頭上をわたる夏の蝶       池宮 照子
 異次元からふいにやって来て、タテにヨコにひらひら舞って、しばらくするとふっと視野から消えている。蝶々の飛行ルートはなかなか人間の目で捉えることができない。優雅に見えるその飛翔だが、懸命に薄い翅を動かしているのではないだろうか。
 掲句の上五〝影として〟と云う導入は、最初から現実を越えた存在としての〝夏の蝶〟を詠おうとしていると思った。作者は〝夏の蝶〟を見ていると云うより感じているのだ。真夏の明るい陽射しの中を軽やかに飛んでいる蝶とは違って、この句の〝夏の蝶〟に重さを感じるのだ。たぶんそれは作者の心象風景の〝夏の蝶〟だから。頭上をやや重く飛ぶ〝夏の蝶〟は作者の心の翳でもある。いろいろなことを考えさせられる深い一句だと思う。
 <辺縁の国人として沖縄忌> 沖縄に住む作者ならではの一句として注目した。

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響焰2022年7月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202207

うしろから     山崎 聰

老化とは死に至る道月夜茸
芒穂に村を出るとき傘さして
ところどころ街の灯も見え大雪の朝
雪にとんで赤青きいろ子供たち
東京も信濃も雪の日曜日
いちにちさびし一年迅ししずり雪
うしろから大きな声がして立春
ももさくら散って人の世はじまりぬ
立春を過ぎて十日の白い雲
晩春というにはさびし朝の雲

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202207

柿 若 葉       米田 規子

ひと息ついて春愁に包まるる
チューリップ愉快に乱れビルの街
遠き日や春のセーターははの色
竹皮を脱ぎ十年のパスポート
のどとおる白湯のまろやか柿若葉
鳩とハトときどき雀麦の秋
絵は苦手ですはつなつの自由帳
そら豆の一粒ひとつぶ物思い
青蔦やするする書けるボールペン
ズッキーニじゅわっと焼ける雨の昼

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年4月号より

みずいろの夢を見ている浮寝鳥      森村 文子
大寒をくるりくるりとタワーの灯     加藤千恵子
おずおずと月に近づく齢かな       中村 克子
縮みゆく己れ淋しく冬の金魚       大見 充子
ポケットにブラックホール寒木立     山口美恵子
砂山の心底さみしお月さま        鈴木 瑩子
駅に向く靴音十二月八日         楡井 正隆
心柱ときに揺らぎてアマリリス      中野 充子
春時雨湯島裏窓ほの赤く         廣川やよい
寒波くるちりひとつなき老人に      北川 コト

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年4月号より

花札の裏は暗黒春の雪          石倉 夏生
冬ざくら見えない言葉みるように     森村 文子
侘助のあといくつ咲くいくつ散る     加藤千恵子
冬夕焼ぼおんぼおんと地球鳴る      中村 克子
雑踏やそろそろ雪の降るころか      松村 五月
去年今年浅き眠りはあさきまま      河村 芳子
童心やポプラの枯葉降ってきて      波多野真代
良き夢のゆめのなかなる二日かな     小川トシ子
寒波くるちりひとつなき老人に      北川 コト
雪の降り始めはきっと天国から      藤巻 基子

【米田主宰の選】

<白灯対談より>

まるい風とがった風も立夏かな      北尾 節子
父母の逢瀬のあたり桜東風        齋藤 重明
前途という光背まとい卒業子       池宮 照子
星になりたい桜貝ポケットに       牧野 良子
春暁の向う岸から牛の声         鹿兒嶋俊之
先生と信号渡る蝶の昼          原田 峯子
ほろほろと落雁崩れ春の雷        横田恵美子
右見れば左が伸びて草むしり       金子 良子

【白灯対談の一部】

 まるい風とがった風も立夏かな      北尾 節子
 〝立夏〟を迎える頃、日本は新緑が美しいだけでなく、木々の緑を揺らしている風もまた大変心地好い。
 風に形があるように〝まるい風〟〝とがった風〟と、見えないものを見えるように詠ったところが良くて、とても楽しい一句になった。作者の豊かな想像力が描いた風の形なのだ。
 掲句は〝まるい風とがった風も〟で軽い切れがあり、一呼吸してから〝立夏かな〟と着地する。上五中七のフレーズと〝立夏かな〟の措辞に直接的な関わりはないのだが、微妙な繋がりを感じるのだ。説明でもなく報告でもないこの句は軽やかで、読後に〝立夏〟のよろこびのようなものが心に響く。
 今を楽しんでいる作者の心が見える作品だと思う。

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響焰2022年6月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202206

いつ終る     山崎 聰

立冬のその日快晴男たち
東京をはなれてからの春の雪
寒い朝逝きしか太陽の慎太郎
山に雪東京は雨だが寒い
年の豆鬼からもらう朝の夢
雪にとんで赤白きいろ子供たち
がんばったねと云われてうなずく大雪のあと
東京に大雪警報ただ眠る
遊んでも遊んでもなお冬の星
すみれたんぽぽたたかいはいつ終る

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202206

残  花       米田 規子

風のオブジェか雪柳嫋やかに
束の間の春を遊びてスニーカー
リップサービス惜しむなかれ桜餅
若き死の圧倒的な花吹雪
カステラは玉子の匂い春の風邪
昨日きょう雨の気まぐれ残花かな
父の忌や遠火であぶる海苔の艶
カマンベールと青くさき四月の蕃茄
行く春の海のきらめき極楽寺
延々と続くこの道青嵐

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年3月号より

枯菊の日だまり風の行き止まり      加藤千恵子
恐いから近づいて見る冬の海       松村 五月
鰭酒や背筋きれいな人の隣り       河村 芳子
鳥さわぐ森の梟鳴くからに        大見 充子
ふゆ空のふくらんでいる坂のまち     小川トシ子
黒ぐろと木々かたまって寒の星      鈴木 瑩子
枯葎後ろ姿の空遠く           楡井 正隆
木の実降る雨の降る日は雨のように    石井 昭子
漂泊のところどころの石蕗の花      中野 充子
遠き日を尋ねるように冬の蝶       石谷かずよ

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年3月号より

枯山に枯れる音あり我にもあり      石倉 夏生
だんだんと鳥居小さく十二月       森村 文子
去るものは去りポインセチアの真昼    加藤千恵子
この聖夜リボン結びにしてしまう     松村 五月
童心やポプラの枯葉降ってきて      波多野真代
ふゆ空のふくらんでいる坂のまち     小川トシ子
神の遊びか銀杏を焼いている       山口美恵子
庭の木と語りし月日開戦日        楡井 正隆
青空の九段坂より十二月         廣川やよい
裏山に音ひとつなき初氷         石谷かずよ

【米田主宰の選】

<白灯対談より>

ゲルニカに未完の余白冴え返る      齋藤 重明
一八や口に一本指あてて         池宮 照子
ふぞろいの石段あがる花の中       原田 峯子
朗らかな行商列車桃の花         増澤由起子
遺跡発掘現場そこここに春        鹿兒嶋俊之
しゃぼん玉吹くたび違う風の色      牧野 良子
思い出すこと少しだけ春の闇       酒井 介山
春寒し積まれたままの本の嵩       横田恵美子
補助輪がはずれ少女は花菜風       金子 良子
沢庵や母の教えの塩と石         黒川てる子

【白灯対談の一部】

 ゲルニカに未完の余白冴え返る      齋藤 重明
 「俳句は先ず書いてある通りに読みなさい」と山崎聰先生が句会で何度かおっしゃったことを覚えている。それは簡単なことのようだが意外と難しい。つい読み手の主観や経験などが邪魔をして、書いてある通りではない読み方をしてしまう。その点、掲句は一分の隙もないほど完璧に構成された俳句だと思う。ただ結句〝冴え返る〟はやや予定調和的な季語かもしれない。
 周知のように〝ゲルニカ〟はピカソの代表的な作品で、戦争の惨禍をテーマにした大作である。ナチス・ドイツ軍による北スペインの町ゲルニカへの無差別空爆に衝撃を受けて描いたと云われている。掲句を読んで、作者の心の中には今のロシアとウクライナの戦争が重くのしかかっているのではないかと思った。読後の余韻が濃く、考えさせられる作品だ。

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響焰2022年5月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202205

どこまでも     山崎 聰

西日燦彼の眼の中にいるわたし
楽しきは夏満月の下の丘
双子パンダ誕生し森は秋
だんだんに死後見えてくる十三夜
夕月夜コロナの闇をいつ抜ける
秋の風十二丁目の角で会い
十三夜こえを出さねばさびしくて
丘に行くまいにちの道朴落葉
パリからの荷物が届き寒い朝
どこまでも青空と海冬の景

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202205

春を彩る       米田 規子

きさらぎや岬の白いレストラン
まずクロッカスが咲いて彼と彼女
春を彩るかまくら野菜アトリエに
美術館出てひとごえと春落葉
はくれんの大きな蕾明日の空
時短にてハッシュドビーフ木の芽雨
ひとりきりの夜の片隅フリージア
おぼろから生まれスマホの文字の数
逃げてゆく時間のしっぽぺんぺん草
今日を生きあしたのいのち花三分

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年2月号より

山の陽は父の温もり吊し柿        栗原 節子
空白の夢を見ている枯木山        森村 文子
赤も黄もわたくしの色秋深む       松村 五月
寂しさはこの空の青檀の実        河村 芳子
突き抜けた先のその先十一月       山口美恵子
八合目越えて大空赤とんぼ        楡井 正隆
青空に近い方から柿をもぐ        中村 直子
風景が押し戻されて芋嵐         加賀谷秀男
冬の川きらめく都会横切って       小林 基子
沈黙の重さに耐えかねて石榴       石谷かずよ

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年2月号より

らりるれろ草書体にてやなぎちる     石倉 夏生
山の陽は父の温もり吊し柿        栗原 節子
冬の雨離ればなれに人のいて       渡辺  澄
赤も黄もわたくしの色秋深む       松村 五月
もみじ葉を一枚拾いまた歩く       蓮尾 碩才
犬吠えて十一月の空の青         秋山ひろ子
冬に入る足音のみの朝の駅        小林 伸子
山にはやまの人にはひとの月明り     小林マリ子
たてよこに言葉をさがし秋の蝶      小林多恵子
どこまでもおおぞらひつじ雲つれて    大竹 妙子

【米田主宰の選】

<白灯対談より>

浅き春絵柄ふくらむエコバッグ      金子 良子
犬が鳴きからすが鳴いて底冷えす     原田 峰子
るんるんと空をはみ出す春日傘      牧野 良子
彼の世まで転がしてやる毛糸玉      菊地 久子
旋回の首長き鳥冬うらら         鹿兒嶋俊之
冴返る無音の中の砂時計         横田恵美子
三寒四温古書店の自動ドア        佐藤千枝子
骨壺に萌黄の絵付北颪          齋藤 重明

 

【白灯対談の一部】

 浅き春絵柄ふくらむエコバッグ      金子 良子
 ここ数年の間に、すっかり私たちの生活に定着した〝エコバッグ〟。単にレジ袋の代わりだけでなく機能性やファッション性も加味され、便利な生活用品として常に持ち歩く。
 掲句はそんな身近な〝エコバッグ〟を俳句に詠み込んだ一句だ。日常の暮らしの中での小さな発見とそれをどう一句にするか、拵え方も大切だ。袋がふくらむと云う俳句は時々見かけるのだが、この句は〝絵柄ふくらむ〟とより具体的に詠んだのでどんな〝絵柄〟がふくらんだのだろうかと読み手の想像力が刺激されるのだ。
 一方、〝浅き春〟はまだ寒い中で二月の空や風が明るくきらめいて、あちこちに春の兆しを見つける時期である。人々の気分も少しずつ春めいてくる。だから〝浅き春〟と〝絵柄ふくらむ〟の取り合わせはとても楽しい春の気分だ。作者の今を描いた佳句だと思う。

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響焰2022年4月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202204

おおぜいで     山崎 聰

いっせいに柿色づきぬちちよははよ
とおい日のことも唐辛子ぶらさがる
いつからかにんげんあかく秋の虹
空青く木の柿あかく甲斐の谷
日の当るそこだけが冬峡の村
冬の陽がゆっくりのぼり彼はいま
もっと近くで見たいと思う冬の虹
座ったりしゃがんだりして冬の山
山は雪かかの村の人恙なきか
おおぜいで走り出すから雪が降る

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202204

ふんばって       米田 規子

YOASOBIの「夜に駆ける」を弾く余寒
あともう少しふんばって冬木の芽
バレンタインデー髪艶めいて少女たち
きさらぎのきらきら過ぎて青海原
本ノート鉛筆メガネ春遅々と
晴天にしんそこ独りきなこ餅
紅梅やよきこと一つ大切に
春寒の髪を束ねて稿さなか
消しゴムのまあるくなって日永かな
いろいろな赤の花束あたたかし

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2022年1月号より

ひそやかに瞳のなかの月明かり      森村 文子
昨日より今日やわらかく虫の闇      加藤千恵子
枯蟷螂本気の色になりにけり       中村 克子
正解に辿り着けたら台風圏        松村 五月
たおやかな博多人形いなびかり      河村 芳子
耳鳴りのたとえば弾け鳳仙花       大見 充子
柔らかい言葉の色に柿落葉        小川トシ子
彼岸花昭和の路地のいきどまり      石井 昭子
秋夕焼古書の匂いの裏通り        小林多恵子
十月や絵本のなかの赤い耳        北川 コト

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2022年1月号より

ひそやかに瞳のなかの月明かり      森村 文子
切株の夢の中なり小鳥来る        中村 克子
二十日月笑っているか幸せか       松村 五月
秋ひと日空へ向かって坂のぼる      波多野真代
柔らかい言葉の色に柿落葉        小川トシ子
ねこじゃらしひとりぼっちが集まって   秋山ひろ子
透きとおる青空金木犀の今日       楡井 正隆
彼岸花昭和の路地のいきどまり      石井 昭子
おろおろと褒められもせず暮の秋     小林 基子
降る雪にことりことりと母灯す      吉本のぶこ

【米田主宰の選】

<白灯対談より>

寒月をかじればクールミント味      横田恵美子
煤逃や本屋のだれも背を向けて      池宮 照子
雪降れりチャイコフスキーの大地から   牧野 良子
波間からそれぞれの今日初日の出     北尾 節子
向き合いてボックスシート旅始      鹿兒嶋俊之
今ここに在ることだけを寒椿       酒井 介山
探梅の川音に沿う真昼かな        佐藤千枝子
初詣いつもの店の鳩サブレ        金子 良子

 

【白灯対談の一部】

 寒月をかじればクールミント味      横田恵美子
 極寒の夜空に冴え冴えと輝く月は、人を遠ざけるかのように孤高の表情をしている。そして触れれば手が切れそうな鋭い光を放っている。そんな〝寒月〟を、作者はちょっと違った視点で捉えとてもユニークな一句に仕立て上げた。
 掲句は、月を齧るという非現実的な行為を俳句の中で軽々と詠ったのだ。句作りに自由という翼を手に入れたのだろうか。〝寒月をかじれば〟どんな味がした?と聞きたくなる。〝クールミント味〟と即座にステキな答えが返ってきた。空想の世界で遊んでいるような楽しい一句だ。今後も自由の翼を大いに広げて様々な俳句を作ってみよう。

響焰2022年3月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202203

さてあいつ     山崎 聰

踏むな踏むなよかまきりすこしうごく
東京は人住むところ罌粟の花
白木槿とつぜん咲いてさてあいつ
曼珠沙華とおいところに人ひとり
ローマは遠しロンドン遠し秋の虹
秋晴れならもっと遠くへ翔べるはず
すっきりと晴れたるあとの秋の風
ちちがいてははいて遠く山の柿
いっせいに木の葉が舞ってうからやから
神の国の入り口におり朴枯葉

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202203

梅ふふむ       米田 規子

まばゆくて夏柑金柑園児たち
ゆっくりと癒える途中の冬景色
シクラメン人払いして書斎めき
締切せまり凍空に昼の月
寒波くる東坡肉のほろほろと
一月やどすんと冥い日本海
枯木立光をまとい誰か来る
凍てはげし深紅ゆらゆら風の薔薇
大いなる躓きの先梅ふふむ
白い皿きゅっきゅと洗い春隣

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2021年12月号より

秋風とおもう路地裏まがるとき      栗原 節子
あきざくらだんだん澄んでゆく未来    森村 文子
夢の中人間ふえる彼岸かな        渡辺  澄
霧晴れてふいに晩年現れる        中村 克子
惑星の藍深みゆく水の秋         西  博子
秋の夕焼すり傷に似て痛し        大見 充子
あいまいに百日紅の最後の日       松村 五月
包帯をそろり解くよう秋が来る      波多野真代
秋ひと日水平線の声の中         楡井 正隆
やわらかなひと日の終わり桐一葉     大森 麗子

 

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年12月号より

熱帯夜鮫が群れ来る高速路        和田 浩一
感性をそよがせてゐる猫じやらし     石倉 夏生
木の家に木の音秋の深みゆく       栗原 節子
脚ばかり伸びて九月の少年よ       森村 文子
吾亦紅わが身ひとつの風の色       あざみ 精
やがてわが涙は星に菊月夜        大見 充子
二人なら秋の雨ほど饒舌に        松村 五月
蜩や転んでおきて模糊といて       河津 智子
秋風のほかはまとわず山頭火       石井 昭子
はつあきに少しおくれて今朝の雨     北川 コト

【米田主宰の選】

<白灯対談より>

子等の声響き渡りて豊の秋        北尾 節子
なみだ色の人波を抜け冬帽子       酒井 介山
メタセコイヤの光のぬくし冬館      長谷川レイ子
冬の暮恩師に一句わかれうた       黒川てる子
散る音のきのうと違い山の冬       牧野 良子
面会室手折りて渡す梅の花        北山 和雄
冬めくや風呂敷の耳つんとして      横田恵美子
息災か初雪まだかふるさとは       朝日 さき
落葉掃く小さき子の声加わりて      佐藤千枝子

 

 

【白灯対談の一部】

 子等の声響き渡りて豊の秋        北尾 節子
 約二年前からコロナ禍で鬱屈した日々が続き、学校も休校になって校庭から子ども達の声が消えてしまうと云う時期もあった。
 掲句はそんな気分を吹き飛ばすような、大変明るくて健康的な作品だ。また、朗朗と読み上げたくなるような俳句だとも思う。広々とした大地を子ども達が元気に遊び回る姿を想像することは大いなる喜びである。
〝子等の声響き渡りて〟と云うフレーズの〝響き渡りて〟に清々しさと子どものエネルギーを感じた。そして結句〝豊の秋〟には上五中七をしっかりと受け止めてくれる力がある。〝豊の秋〟で揺るぎない一句になったと思う。
 同時発表の<戦争と平和きのうのラフランス>にも共鳴。

 
(さらに…)

響焰2022年2月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202202

そうはいっても     山崎 聰

さくら散ってふと散骨を思いけり
そうはいってもさくらの花の下はひろい
勝ちは勝ち負けは負けなり遠桜
昼よるとさかなを食べてみどりの日
よもすがら哭いているなり青葉雨
新緑というには遠き山と川
もうすこし寝てていいからほととぎす
ゆっくりと音過ぎていき夏おわる
もうすこし待ってくれれば夏が来る
街はいま人人人の敗戦日

 

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202202

ポトフの湯気       米田 規子

ヨーグルトに蜂蜜冬日ほしいまま
花アロエするりと猫の細いしっぽ
朽ちやすき木の家なれど冬日燦
仏蘭西を語るポトフの湯気立てて
自愛か怠惰かそろそろ雪おんな
実万両ゆるりゆるりと癒えはじむ
海の向こう聖樹に集う三世代
生きるとはさわがしきこと大根煮る
ひとりふたり十人去りて山に雪
師走の灯訣別のごと髪切って

 

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2021年11月号より

ゆたかさに狎れてさみしい葉鶏頭     栗原 節子
波打際遠しさくら貝なお遠し       森村 文子
今生のあれも秋なりこれも秋       加藤千恵子
八月の空この坂の向こうにも       松村 五月
ポケットにかるい秘密も夏休み      小川トシ子
風紋の先は青空秋の声          楡井 正隆
真実のその先きっと青芒         小林マリ子
空蟬ひろうただそれだけの日曜日     中野 充子
日のなごり風のなごりの蟬のこえ     小林多恵子
関東をどす黒い風稲の花         廣川やよい

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年11月号より

行儀よく二列の卵敗戦忌         石倉 夏生
みな帰るから帰り八月の海        森村 文子
風鈴に声をあつめて真くらがり      渡辺  澄
炎昼の奥にヒロシマゆれている      中村 克子
いつの間にちいさな歩幅片陰り      河村 芳子
稲光家のすみずみまるく掃く       岩佐  久
八月の空この坂の向こうにも       松村 五月
列島の雨ざんざざざ秋立つ日       波多野真代
こころ青むまでかなかなしぐれかな    秋山ひろ子
思い出は暮色にまぎれ秋桜        石井 昭子

【蓮尾碩才朱焰集作家の選】

<白灯対談より>

大花野いつもの道が一直線        牧野 良子
点眼す窓に流るる鰯雲          原田 峰子
むかご飯なまり自在に転校生       佐藤千枝子
十三夜旅先からのラブレター       原  啓子
時鳥草雨雲ひくき峠道          金子 良子
こだましてあの夏山の向こうがわ     北尾 節子
秋の空しきりに動く馬の耳        横田恵美子
女子校のチャペルに朝日赤とんぼ     朝日 さき

 

【白灯対談の一部】

 大花野いつもの道が一直線        牧野 良子
 北海道の富良野や箱根の仙石原、阿蘇の草千里など、日本には草原が沢山あり、季節ごとに趣のある花が見られます。しかし花野と言えば俳句では、秋の草花が咲き乱れている草原をさす秋の季語となっています。
 春の生命力にあふれた華やかな風景に比べ、秋の野原には一抹の寂寥感が漂っているのではないでしょうか。そんな大きな花野を作者はいつも散歩しているのだろうか。いつもは草花で道がよく分からないのに、秋の今は枯草のせいか真っすぐな道になっていた。〝一直線〟と言い切ったところに〝花野〟の広さを改めて発見した思いが出ている句になりました。

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響焰2022年1月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→ MeiyoShusai_Haiku_202201

こ れ か ら     山崎 聰

捕えたる蠅一匹のあと始末
さあこれからというときの朴の花
釣舟草神殿は近くにありて
人の世のおわりもすこし桐の花
村へ山へ街へ夏シャツ夏帽子
人生にもっとも遠く山の滝
ちちははの山川とおく彼岸花
海に流れて山上のひとつ星
出来ぬこといくつかふえて山の秋
草原をみんなであるく秋の暮

 

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202201

冬  椿       米田 規子

ぼんやりと過ぎゆく一と日木の実降る
一病を得て南天の実の真っ赤
冬日向プラットホームの固い椅子
父の声ははのこえ聴き白山茶花
満月にうさぎを探す術後かな
病室の四人湘南の冬ぬくし
眠る山いのちひとつを持ち帰る
湧き上がる力いま欲し冬椿
短日のアールグレイと電子辞書
赤い靴棚にねむりてクリスマス

 

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2021年10月号より

月下美人生まれるまえのまくらやみ    森村 文子
人体の深きところに青葉木菟       中村 克子
沈黙の罠うつくしき蜘蛛の糸       西  博子
みんみんの青い日暮を待つように     大見 充子
望郷はうす紫に合歓の花         小川トシ子
生き方逝き方翻弄されて晩夏       河津 智子
ひまわりや今も戦後の風吹いて      石井 昭子
炎天や傾いている大東京         大森 麗子
死は易く生はヤブ蚊に悩みける      川口 史江
新しい風景に置く夏帽子         小林多恵子

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年10月号より

生国を一周したる夏帽子         渡辺  澄
東京をどこまでゆけば夏の海       加藤千恵子
戦前も戦後も同じ蠅叩          中村 克子
はは泣いてわれを叱りし実梅かな     西  博子
みんみんの青い日暮を待つように     大見 充子
縦書きの手紙のように夏の雨       松村 五月
ぼんやりと半分咲いて百日紅       波多野真代
またひとつ無くして帰る炎暑かな     和田 璋子
よき風の通る家なり水羊羹        相田 勝子
新しい風景に置く夏帽子         小林多恵子

【加藤千恵子光焰集作家の選】

<白灯対談より>

抱卵の鮎焼く頃かおらが村        齋藤 重明
三番まで歌う軍歌よ残る虫        島 多佳子
枯れたくて枯れたのではないすすき原   北尾 節子
生きられるはず百歳の柿すだれ      梅田 弘祠
紫をはおれば母を濃竜胆         佐藤千枝子
歳重ね見ゆるものあり吾亦紅       横田恵美子
吊橋を渡るも勇気紅葉狩         増澤由紀子
草の花杖を忘れて歩き出す        金子 良子

 

【白灯対談の一部】

 抱卵の鮎焼く頃かおらが村        齋藤 重明
 生きものには、親が卵を抱えて温めることで一つの尊いいのちを形成できる慈しみ深い姿がある。
 抱卵という言葉には何ものにもかえがたい情を感じる。
 〝鮎焼く頃〟と断定せず、〝か〟と詩情のある表現にとどめ、読み手は引き込まれていく。
 抱卵の鮎は、単なる鮎ではないことに気持が揺らぐ。生活感のある〝おらが村〟が効果的である。
 作者のむかし見たものが今もキラキラしている佳句である。

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響焰2021年12月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202112

卒   寿     山崎 聰

夕ざくらいのちのおわりたるあとも
彼彼等そしてわれらも卯月波
刃物よりことばの光る五月かな
東京を出るときひとり桐の花
蚊も蠅も壁に眠りて夜の地震
ひとり居のいちにち長し朴の花
八月某日卒寿というはさびしかり
蟬の木に蟬があつまり子とろ唄
空高く水かげろうの立つあたり
流星の落ちゆく先は彼の世とも

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202112

山  粧  う       米田 規子

体温計ピピピッ秋気澄みにけり
さみしさを束ねて真っ赤唐辛子
真実を見つめる勇気鵙猛る
マロングラッセむかしの恋の甘さかな
晩秋を大きく揺らしモノレール
竜淵に潜み医師の目わたしの目
同意書に名前を太く秋桜
肉じゃがの煮上がる匂い野分あと
一枚の壁に塞がれ鉦叩
甘んじてしばし休息山粧う

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2021年9月号より

騙し絵の廻廊に居り五月闇        石倉 夏生
すでに夏見えないものの見えぬまま    栗原 節子
うしろから夜が来ており濃紫陽花     加藤千恵子
青時雨たそがれはハイネのように     大見 充子
スカーレット・オハラあるいは夏の山   松村 五月
ふだん着のにおいのように梅雨が来る   波多野真代
生国はさびさびとして朱夏のころ     河津 智子
蛍袋夢の途中で夢を見て         石井 昭子
どこからか父青山椒をゆでたとき     笹尾 京子
今はただ旅人として夏の霧        廣川やよい

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年9月号より

米田規子主宰はお休みです。

【加藤千恵子光焰集作家の選】

<白灯対談より>

整いゆくオカリナ少しずつ秋       島 多佳子
小気味よき小豆の音や小笊振る      鹿兒嶋俊之
山のあなたへ長月のバラライカ      齋藤 重明
あなどれぬ女のちから梨を剥く      金子 良子
紫苑ゆれこんぺいとうのまるきとげ    小澤 什一
可惜夜に耳そばだてて風の萩       小林 基子
星月夜大航海の始まれり         加賀谷秀男
ワクチンを打って西瓜のよく冷えて    池宮 照子
東雲をひそやかに露草の羽化       石谷かずよ
秋日のどこへも行かずたれも来ず     浅野 浩利
煮凝りに灯の入るごとし寺山修司     吉本のぶこ
星月夜人影うかぶカフェテラス      佐藤千枝子
鰯雲犬といる時ついてくる        牧野 良子

 

【白灯対談の一部】

 整いゆくオカリナ少しずつ秋       島 多佳子
 先ず、破調ではあるがその違和感が全くな作品と思う。手の平で小鳥を包むようにして吹くオカリナの澄んだ音色は心が洗われるようだ
 掲句は、一句の背景となるものを一切語っていない。〝整いゆく〟の措辞が、眼目であり、鍵でもあろう。いくつかの景が考えられるが、読み手としては、悩むところであり、たのしむところでもある。
 〝整いゆく〟、〝少しずつ〟と時の流れを見せた表現も、魅力的であり、透明感のある佳句だと思う。
 本当は、近づいて来る秋の気配が、オカリナの音色を、整えているのかも知れぬ。

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響焰2021年11月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202111

ともかくも     山崎 聰

さくらおわりいのちおわりたるおもい
朴の花遠く戦後のことなども
みちのくへ青榠樝いま無一物
夕まぐれ赤いばらのほかは見えず
ただ暑く交番前の診療所
蟬の木に蟬バビロンはいまも遠く
人声にさいごは負けて山の蟬
ともかくも生きているからきょう暑し
夏の星そのほかもみな乾きいて
人に倦み酒なつかしき夜半の秋

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202111

あおい富士       米田 規子

無音なるゴンドラ光りつつ晩夏
五線紙に音符の階段いわし雲
足りない時間ふわふわと秋の蝶
ごま油香るプルコギ夜の秋
二百十日うずたかく本積まれゆき
椿の実豪雨の中を戻り来て
水飲んで台風一過あおい富士
その先のもやもや背高泡立草
パソコンの不機嫌なる日すいっちょん
越ゆるため山は聳えて柿の秋

 

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2021年8月号より

足早に影が追い越す街薄暑        栗原 節子
ばらの薔薇色しあわせに枯れにけり    森村 文子
紫陽花の花の歳月父や母         加藤千恵子
晩節を呆と卯の花腐しかな        西  博子
雨しとどなれど恋情白あやめ       大見 充子
あっけらかんと泣いて五月の子供たち   松村 五月
闇より出でて闇を濃く白き薔薇      波多野真代
息吐いて八十八夜青白く         河津 智子
桜蕊ふる歓びと哀しみと         川口 史江
白という色もいろいろ薔薇の白      北川 コト

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年8月号より

梅雨月夜森はゆっくり動き出す      栗原 節子
蛇逃げて山に向かって海に出る      渡辺  澄
短夜の覚めて双手の置きどころ      山口 彩子
シネマ果つ赤い椿のひらく音       河村 芳子
あめんぼと同心円の闇にいて       あざみ 精
ひと時の慟哭もありつつじ山       蓮尾 碩才
空とおくふたりの時の桐の花       小川トシ子
山桜その一本の灯るとき         大森 麗子
いくつも傷を持ち樟若葉の中       廣川やよい
竹皮を脱ぎいっさいは夢のゆめ      北川 コト

<白灯対談より>

耳ふたつ明るく覚めし竹の春       吉本のぶこ
錠剤の転がるはやさ夏了る        島 多佳子
手で割れば心すっぱく青りんご      小林 基子
立秋や風の奏でるアルペジオ       小澤 什一
姉少し弟さける祭の夜          齋藤 重明
一つ葉の影濃くひとりずつ消える     石谷かずよ
もくもくと雲八月の沈黙す        加賀谷秀男
噴水は高く人間疲弊して         平尾 敦子
新築の家に届きて夏の月         金子 良子
真っ白なタオルに替わり今朝の秋     浅野 浩利
蝸牛オランダ坂は雨の中         鹿兒嶋俊之
秋近し老先生の蝶ネクタイ        佐藤千枝子

【白灯対談の一部】

 耳ふたつ明るく覚めし竹の春         吉本のぶこ
 よく知られていることだが、俳句では〝竹の春〟が「秋」、「竹の秋」が「春」の季語だ。初歩的知識として覚えよう。
 秋になって辺りの木々が色付いてくるころ、竹は緑鮮やかな色合いを見せる。また竹の葉のさわさわと云う風の音も聞こえるようだ。
 掲句の始まり〝耳ふたつ〟がとても印象的で次への展開に期待を抱く。〝耳ふたつ明るく覚めし〟の措辞に作者の今の健やかさを思う。またこの措辞は、理屈ではなく感覚で直感的に捉えたものではないだろうか。この句は〝耳ふたつ〟をクローズアップしているが、作者は全身で秋を感じている。大変さわやかな作品である。

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響焰2021年10月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202110

おらが村     山崎 聰

植田一枚ずつの明るさみちのくへ
雲雀の野二人三人放たれて
ででむしの這いたるあとのなみだいろ
さはさりながら冷奴崩しいる
土用丑の日越後から人ひとり
終戦の日という日ありああ昭和
東京炎暑あつまってすぐ別れ
観音の森をはなれて炎天へ
柿青く水湧き出づるおらが村
飴なめている終戦の日の落日

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202110

朝 の 蟬       米田 規子

ポニーテールに大きなリボン夏休み
さりながら朝のルーティン青芒
雨のち炎暑もみほぐす足の裏
風従えて捕虫網の男の子
こころの襞に百日紅のきょうの色
冷蔵庫の開閉の数星の数
一人になりたい日ワシワシと朝の蟬
箸の色それぞれ違い盆の月
樹の幹の骨格あらわなる晩夏
コーヒーを淹れる三分秋のこえ

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2021年7月号より

母とおとうときさらぎの野に消える    栗原 節子
あいまいに増えてゆくなり花ポピー    森村 文子
生きているかと桐の木に桐の花      加藤千恵子
さくらさくら水の中なる舞扇       大見 充子
ものを食う手があり春はさみしかろ    松村 五月
原っぱの不思議なとびら一年生      小川トシ子
緑陰の闇にひかりも奥の奥        河津 智子
春の暮さみしそうなるくすり指      鈴木 瑩子
この道を誰と行っても春の海       笹尾 京子
ひょうびょうともののふの色桐の花    廣川やよい

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年7月号より

木立から桜いきなり名乗り出る      石倉 夏生
早春やせせらぎに沿う春の径       栗原 節子
花木蓮よってたかって散るごとく     森村 文子
残響のしばし身のうちおぼろ月      山口 彩子
生きているかと桐の木に桐の花      加藤千恵子
目を伏せて人すれ違う朧の夜       西  博子
この道へ呼ばれたようで花菫       河村 芳子
ものを食う手があり春はさみしかろ    松村 五月
東京を忘れとうきょう花に雨       河津 智子
春三日月いつもの席で待つことに     廣川やよい

<白灯対談より>

堰を超す水の曲率夏来る         齋藤 重明
ボーカルの小指のリング晩夏光      島 多佳子
彼のシャツの裾をつまめる晩夏かな    小澤 什一
精神の大きな戦ぎ夏来る         小林 基子
梅雨雲の果て金色のアルカディア     石谷かずよ
男気は夾竹桃の咲くあたり        加賀谷秀男
あけび割れ旧街道にジェット音      吉本のぶこ
大西日ふるさと行きのバスが発ち     浅野 浩利
父の忌や有田の皿のさくらんぼ      金子 良子
瑠璃ごしに聴く雨の音夏座敷       佐藤千枝子
口蓋の火傷に気づき夜の秋        池宮 照子
老犬とゆくふたつ目の片蔭        牧野 良子

【白灯対談の一部】

 堰を超す水の曲率夏来る        齋藤 重明
 一読、勢いよく〝堰を超す〟水の音やキラキラ光る水の流れるさまが映像のように現れる。
 「立夏」は陽暦の五月六日頃、ちょうどゴールデンウィークが終わる頃でもあり、新緑の光や風が大変気持ちの良い季節だ。〝夏来る〟と云う季語にはそんな明るさもあり、作者の心の弾みを感じる。
 掲句の〝堰を超す水の曲率〟と云う表現はやや固いのではと思ったが、〝水の曲率〟は作者にとって最も大切な措辞で、読み手も〝水の曲率〟と云う捉え方に作者の個性を感じ取るのだ。
 男性的な感性で作られた〝夏来る〟の一句に感服した。

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響焰2021年9月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202109

まだ早い     山崎 聰

ざわざわと青虫毛虫雨のあと
葉ざくらを青しとおもうきのうきょう
加齢してさくらが散って山残る
ただあるく葉ざくらの闇ただ歩く
梅雨の月いつもの靴でみちのくへ
あっけなく五月がおわり雨と風
鯉のぼりふたり並んで手を振って
卯波夕波ロシアから二人来る
父の日の父いる部屋のくらいところ
梨を食い生前葬はまだ早い

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202109

いっしんふらん       米田 規子

木を伐って青空と雲夏はじめ
胸底に沈むポエムよ青山河
しんかんと卓の主役の梅雨鰯
六月の森の深さをベートーヴェン
おくれ毛のくるんと二歳麦の秋
きのう今日いっしんふらん雲の峰
短夜のははの指輪のキャッツアイ
七夕やおとこは睡りむさぼりて
陽は重くぼってり咲いて黄のカンナ
夕映えのステンドグラス揚羽蝶
八月や波打際をちちに蹤き

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2021年6月号より

騙し絵の裏は真つ暗霾れり        石倉 夏生
ざわめいて弥生三月おわりけり      栗原 節子
遠ざかるもの遠くなり雛祭り       森村 文子
水ぬるむ翳せば濁りあるいのち      山口 彩子
土筆摘むわが身の影を摘むごとく     大見 充子
花冷えや英国式の午後一時        松村 五月
春よ海ほどに淋しいものはない      波多野真代
春北風言葉を紡ぐように川        小川トシ子
水飲んですこし笑って着ぶくれて     河津 智子
春の川ときどき過去の流れきて      北川 コト

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年6月号より

とっぷり暮れて本所深川戦災忌      和田 浩一
ざわめいて弥生三月おわりけり      栗原 節子
北窓開く紙と鉛筆音をたて        渡辺  澄
啓蟄や人の匂いにまだ触れず       山口 彩子
東京メトロひっそりと春ショール     加藤千恵子
まどろめば星の音して初桜        大見 充子
春二番むすんでひらいてこの命      鈴木 瑩子
目に見えぬものを包みて春の空      楡井 正隆
水底にしんと日をおく紅椿        中村 直子
晩節と弥生三月花鋏           北川 コト

<白灯対談より>

流蛍や伽藍に琵琶のかわく音       小澤 什一
マチネ跳ね緑雨きらきら交差点      小林 基子
梅を漬け巨船まっかに進み来る      吉本のぶこ
やもりきれいひっそり卵産み終えて    石谷かずよ
泣きそうな空花楓のうす明り       鹿兒嶋俊之
浮雲や麦秋の波遠ざかり         加賀谷秀男
船便の椅子ひとつ待ち夏木立       佐藤千枝子
木漏れ日に柿の花揺れふと加齢      浅野 浩利
ペガサスのやわき着水麦の秋       齋藤 重明
先見えぬ世をまっすぐに蝸牛       横田恵美子
梅雨湿り隣の窓に猫のかお        北山 和雄
ふるさとと同じ夕焼け下校どき      金子 良子
水にある水の明るさ花菖蒲        黒川てる子

【白灯対談の一部】

 流蛍や伽藍に琵琶のかわく音      小澤 什一
 この句は、やや古風な趣きを持ち、非日常的な雰囲気の漂う俳句だ。
 右から左から、美しい光の流線を自在に描きながら飛ぶ蛍。一方で〝伽藍〟から〝琵琶のかわく音〟にも心を奪われる。〝琵琶のかわく音〟と云う把握が〝流蛍〟の動きと相俟ってなにかもの悲しい情感が生まれる。それは寂び寂びとした絵巻物を見る心地である。
 私たちは普段身の回りの空間や時間の一部を切り取って、それを俳句のきっかけとすることが多いのだが、この句は日常を抜け出した環境の中で詩の世界を摑んだ作品と思う。
 同時発表の<讃美歌の届いてアガパンサスの庭>にも共鳴。

(さらに…)

響焰2021年8月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202108

一人去る     山崎 聰

朝の霜立ち止まったりしゃがんだり
こころやさしき人と話しぬ名残り雪
雪割草信念はたちまち消えて
春の嵐三人で来て一人去る
映画のように小声で話し春の夜
けものみちらしさくらおわりたるあとは
いうなれば蟄居四月がおわりゆき
叱られている葉ざくらのまんなかで
いちにちはやはりいちにち春の夕焼け
君と僕彼と彼女の青林檎

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202108

旅 遥 か       米田 規子

木を伐って青空と雲夏はじめ
アップダウンいつもの小径海紅豆
小判草夕日の無人直売所
よろこんでくれる人いる桃熟れる
梅酒の琥珀雨音にねむる夜
旅遥かベルガモットの花に虻
つゆの晴れ奥に富山の置き薬
まず外す大きなマスク木下闇
これからも安全な距離冷奴
連弾の息を合わせてアガパンサス

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2021年5月号より

日向ぼこ不要不急の二人なり       石倉 夏生
歳月のうすくらがりに紅椿        栗原 節子
切手よりこぼるる光山笑う        山口 彩子
三寒の三日臥せれば加齢して       西  博子
すかんぽや夕映えは夢の入口       大見 充子
風になるまで漂っている落葉       松村 五月
長居してそろそろ亀の鳴く頃か      相田 勝子
疲れては睡りさめてはもう立春      河津 智子
ものの影ものをはなれて初蝶よ      石井 昭子
ペン先のたとえば春の痛みかな      北川 コト

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年5月号より

野火の奥に金閣寺否本能寺        石倉 夏生
大枯野百年を経て誰に会う        森村 文子
臥龍梅今朝は兜太の庭として       山口 彩子
うすらいや夕べかぞえし星の数      加藤千恵子
寒戻る顔のマスクに赤い花        岩佐  久
すかんぽや夕映えは夢の入口       大見 充子
風になるまで漂っている落葉       松村 五月
男体山をどっしり背負い桑芽吹く     和田 璋子
曖昧なものはそのまま冬至の湯      蓮尾 碩才
だまし絵のごとき正月犬もいて      小川トシ子
過ぎし日のおもさ加わり牡丹雪      大森 麗子

<白灯対談より>

八百義の屋号の墨痕つばくらめ      小林 基子
筆おいて誰にも深き緑の夜        石谷かずよ
つまずいて思わぬ暗さ夕若葉       佐藤千枝子
滝壺を出でざる水の青けむり       吉本のぶこ
田水澄み風の生まれる朝かな       浅野 浩利
だれよりも青空仰ぎ朝桜         加賀谷秀男
はつなつや色とりどりに瓶の砂      小澤 什一
柿若葉補助輪とれてとなりの子      原田 峯子
目玉焼の歪な二つ走り梅雨         畑  孝正
三月や護岸に亀の甲羅干し        鹿兒嶋俊之
交差する折れ線グラフ蝶の恋        池宮 照子
夜の薔薇だれも知らない物語       牧野 良子

【白灯対談の一部】

 八百義の屋号の墨痕つばくらめ      小林 基子
 骨組みのしっかりとした俳句で過不足のない一句。
 この句は、何代か続いた大きな八百屋の〝屋号〟に注目して作句したと思われる。〝屋号の墨痕〟と云う措辞に当時の様子が偲ばれる。今はもう古びて文字もかすれ、昔のような賑わいはないのだろう。
 掲句は体言のみで表現された句で無駄がなく、イメージが鮮やかだ。結句〝つばくらめ〟が生き生きとした動きと明るさをもたらしてくれる。また余韻の広がりがある。
 日夜、俳句作りに努力を重ねている作者の佳句と思う。
 同時発表の<野遊びの後ろ姿の暮れなずむ>にも共鳴。

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響焰2021年7月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202107

ひそひそ     山崎 聰

思い出のように雪降り峡住まい
終演のあとのひそひそ雪夜道
どこまでもさびしい時間雪野原
かの山雪か銀座界隈漫歩して
東風あと北風に谷の村
三月さくらこえを出さねばさびしくて
遠くまで男を攫い春北風
尽きることなき三月の峡の水
冬おわり春が来ていつもの畦道
極北の人を思いてやまざくら

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202107

夏  燕       米田 規子

囀りやからだを巡る朝の水
あっさりと予定の消ゆる春の雷
マスキングテープに木馬五月来る
青嵐抱えきれない本の嵩
創造は想像ももいろオキザリス
静寂に揺れるカーテン若葉寒
あのころのははのしあわせ花みかん
籠もり居のふくらむ時を夏燕
ひとりとは青葉若葉の風の音
開催は未定てんとう虫飛んだ

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2021年4月号より

ひらがなの音を踏みしめ落葉道      石倉 夏生
十二月八幡宮の裏へ出て         栗原 節子
冬いちご日々やわらかきたなごころ    加藤千恵子
もろもろの影の蠢く大枯野        中村 克子
寒満月ガレの佳作と思うべし       大見 充子
一月や地図のとおりに川流れ       松村 五月
にんげん凍てて限りなく来るあした    河津 智子
元朝にしろいもの干すしろい人      笹尾 京子
ヴィーナスの腕をさがして去年今年    小林多恵子
東風吹くや理由などなく少年と      北川 コト

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年4月号より

体内に迷宮のあり寒夕焼         石倉 夏生
大枯野百年を経て誰に会う        渡辺  澄
開戦日残る枝葉の真紅          山口 彩子
ほどほどの未来を買えり達磨市      中村 克子
2021冬の煙は垂直に         松村 五月
人日のひとしれず散るちいさき花     波多野真代
曖昧なものはそのまま冬至の湯      蓮尾 碩才
にんげん凍てて限りなく来るあした    河津 智子
冬深し遠いところで火が爆ぜて      秋山ひろ子
カフェラテと子規碧梧桐十二月      北川 コト

<白灯対談より>

郭公の声の真水を手に掬う        吉本のぶこ
花楓祖父の形見の葉巻切         小澤 什一
落椿太平洋へ惜しみなく         小林 基子
ラウンジの大窓を消し花吹雪       佐藤千枝子
おおかたは空ひと群れの桜草       石谷かずよ
ゆっくりと別れを惜しみ飛花落花     加賀谷秀男
軸足に力三月のど真ん中         平尾 敦子
沈丁花香り出したるわかれ道       牧野 良子
春落葉どこかにひとつ忘れもの      浅野 浩利
しわ多き漱石の脳花の冷         金子 良子
風そっと髪なでてゆく目借時       横田恵美子
北窓を開きシニアの卓球会        増澤由起子

【白灯対談の一部】

 郭公の声の真水を手に掬う        吉本のぶこ

 俳句を作ろうとする時には、ふだんから周囲にアンテナを張り巡らせ、五感をはたらかせることが大切だと思う。

 掲句〝郭公の声の真水〟と云う把握は、感性を研ぎ澄ませていないと摑めないフレーズで透明感があり、大変美しい。特に〝郭公の声〟を聞いてそれを〝真水〟に転換したところは巧みであり、この句の眼目だ。

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響焰2021年6月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202106

さくらのあと     山崎 聰

雨の夜はとろりとろりと榾明り
冬眠の百日あまり父と母
つと加齢また雪が降りすぐ止んで
灯の先に少年少女春はいつ
きのうきょう藁屋に籠り木の芽雨
もうすこし待って菜の花ひらくまで
圧倒的多数といえば春の星
よもすがらちちよははよと春の雷
なにもせず何も起らず春の地震(ない)
老後か死後かさくらのあとの静寂か

 

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202106

リラの冷え       米田 規子

はげましの声とも思い花菜風
考えるためにペン置き朧かな
もったいないような晴天蕗を煮る
マスクして桜いちばんきれいな日
ひと日籠もれば一つ年取り草の餅
漆黒のアボカドやわく菜種梅雨
リラの冷え人を想いて書く手紙
考える悩む竹の子茹でている
ゴールデンウィーク切手の青い鳥
濃厚なチーズケーキと若葉風

 

 

【山崎名誉主宰の選】(赤字は山崎先生の添削)

<火炎集>響焔2021年3月号より

すこしずつ毀れる気配年の果       栗原 節子
いっさいは見えぬ重さの初詣       渡辺  澄
どの家も誰かを待ちて冬灯        中村 克子
凍空のどこを切っても異邦人       大見 充子
セロファンに包まれている聖夜かな    松村 五月
記憶の色はより白くシクラメン      波多野真代
無頼派の匂いを余す帰り花        相田 勝子
どの道も二十四色冬日和         楡井 正隆
十二月拳を握る赤ん坊          森田 成子
何もなかったように冬の白波       廣川やよい

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年3月号より

根深汁とどのつまりは二人なり      石倉 夏生
さっきからここにいる山茶花のように   森村 文子
混沌とやまとまほろば雪ばんば      加藤千恵子
やすんじて母のふところ木の実落つ    西  博子
眼裏をさまよっている萩すすき      あざみ 精
記憶の色はより白くシクラメン      波多野真代
木枯し一号名声は塵に似て        蓮尾 碩才
ゆっくりと染まる晩年室の花       小川トシ子
小包みのかすかに雪の匂いして      秋山ひろ子
朴落葉仇のごとく哭くごとく       北川 コト

<白灯対談より>

人生を語りだすチェロ春の宵       石谷かずよ
朧月何かが見えてあと無言        浅野 浩利
6Bで描く耳たぶ日永かな        小林 基子
ユトリロをモネに掛け替え菜種梅雨    小澤 什一
麦踏やいのちに触れる足の裏       加賀谷秀男
はくれんの直立不動外科病棟       金子 良子
釣糸にたゆたう光春惜しむ        佐藤千枝子
大くさめ微動だにせぬ八ヶ岳       畑  孝正
かりそめの紅はじきあいさくらんぼ    吉本のぶこ
残りたる月日を数え桜餅         齋藤  伸
春兆すアンパンマンの園児バス      横田恵美子
行く春のけんけんぱあの石畳       鹿兒嶋俊之

【白灯対談の一部】

 人生を語りだすチェロ春の宵       石谷かずよ

 ヴァイオリンもピアノも或いはサックスやフルートも、その演奏は広く云えば〝人生〟を語っているだろう。〝人生〟と大きく捉えなくても人の喜びや悲しみ寂しさなど、楽器を通して表現している。しかし作者は〝チェロ〟の演奏に〝人生〟を感じたのである。

 〝チェロ〟の音色は決して華やかではないが、聴く人の心にじんわりと語りかけてくるようだ。〝人生を語りだす〟と云う措辞は作者の実感なのだ。来し方、行く末を想いながら〝チェロ〟の演奏に聴き入っている作者の豊かな〝春の宵〟を思った。

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響焰2021年5月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202105

うしろから     山崎 聰

異常乾燥注意報下たまご酒
大雪予報生き延びて海を見て
おとこらの白髪白刃冬怒濤
にんげんの顔なつかしき雪の朝
人の世のおわり見ており雪の中
雪のにおい命終迫りくるにおい
梅ふふむかさりこそりと散歩みち
白梅紅梅生きているから転ぶ
春の夕暮ひたひたとうしろから
春だからついておいでよもうすこし

 

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202105

ものの芽       米田 規子

スカートのパステルカラー風光る
ものの芽光り目標の八千歩
一輪車の子春風の先頭に
トンネルの先のくらがり梅香る
くるくると二月三月本の山
はくれんの散り際空の軋む音
春昼のグランドピアノ深眠り
三色のジュリアン咲いて子の便り
木の芽雨きのうの続き今日もする
おぼろ夜の会えば笑っておんなたち

 

 

【山崎名誉主宰の選】(赤字は山崎先生の添削)

<火炎集>響焔2021年2月号より

外灯の中だけ赤い初時雨         石倉 夏生
烏瓜遠くが見えてさびしかろ       森村 文子
落葉降る身辺ときにうとましく      山口 彩子
柿の木に柿おおかたは空を見て      加藤千恵子
それぞれに違う寂しさ冬林檎       中村 克子
あおぞらや黄落は詩歌のように      大見 充子
どこも裏街十一月の池袋         松村 五月
ぱたぱたと赤子の手足小鳥来る      波多野真代
ふたりならしんじつ朱くポインセチア   河津 智子
晩節は十月桜みるような         大森 麗子

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年2月号より

赤とんぼ群れ来るみんなしあわせか    和田 浩一
会って別れるコリドー街晩秋       栗原 節子
烏瓜遠くが見えてさびしかろ       森村 文子
十五夜の月と老人かくれんぼ       加藤千恵子
えにしともほのあかりして冬桜      西  博子
恋心いろはもみじの紅のほど       大見 充子
浪漫派のひとつの形鳥渡る        松村 五月
ぱたぱたと赤子の手足小鳥来る      波多野真代
ふたりならしんじつ朱くポインセチア   河津 智子
角砂糖カップの底の小春めき       北川 コト

<白灯対談より>

雲間より光ひろがり春の航        佐藤千枝子
梅が香に遠くかすめり新都心       小澤 什一
春風や三面鏡にある浮力         吉本のぶこ
鶯の啼く声きみの山河かな        浅野 浩利
曇天に溶けゆく飛翔ふゆかもめ      齋藤  伸
大火鉢を囲む昭和のど真ん中       加賀谷秀男
山笑う過去も免許証も返す        金子 良子
何となく郵便受けへ春隣         石谷かずよ
一番に登校朝日のヒヤシンス       小林 基子
春待つや一輪挿しの伊万里焼       横田恵美子
受験の子赤き耳朶にて戻る        菊地 久子
節分草青空映す蕊の色          長谷川レイ子

【白灯対談の一部】

 雲間より光ひろがり春の航        佐藤千枝子

 読後に明るい未来を想った。希望あふれる一句と思う。

 頭の中のスクリーンに雲の映像、次第に雲が動きその隙間からひと筋の光が…、やがてその光が雲を割って溢れだす。海は陽光にきらめき、大きな船が動くともなくゆっくりと進みゆく、と云った風景を瞬時に思い描くことができた。

 掲句は、風景の切り取り、描写、着地が揃って豊かな広がりを持つ佳句となった。明るい詩情が心地良い作品である。これからも作者の個性を生かした作品を期待したい。

 同時発表句<拍手のこだまとなりて山の春>にも共鳴。

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響焰2021年4月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202104

その日まで     山崎 聰

陽のまさに落ちなんとして柿の村
みんなが笑うわたしもわらう落葉焚
月の出のはじめみんなで鬼ごっこ
闇にうごく兎の耳のあかいところ
ひとりは寒し闇のなかから目鼻
冬晴れつづけ命終のその日まで
一月一日川むこうから陽が昇る
檻の象かすかにうごき初日の出
たいせつな人いなくなる二日の夢
とおいところにかあさんふたりさくら貝

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202104

ダウンロード     米田 規子

カフェラテのハートのゆがみ雪催
ふらんすや冬三日月の舟揺れて
山眠る粒のきらきら山の塩
長葱の青い切っ先本気なり
待春のダウンロードする楽譜
片っ端から消えゆく時間山笑う
紅梅白梅詩を探す一人なり
白鍵にかすかなる罅風光る
余寒かな水晶体のおとろえも
ひとつ終わり一つ始める春の山

 

【山崎名誉主宰の選】(赤字は山崎先生の添削)

<火炎集>響焔2021年1月号より

瑠璃色にくぐもっている蜆蝶       森村 文子
山眠る赤い魚の祀られて         渡辺  澄
邯鄲やもっとも遠きぽるとがる      加藤千恵子
人の世のうすくらやみを秋が逝く     西  博子
三日月黒いマリアのたなごころ      大見 充子
産みたてのたまごのような秋一日     松村 五月
ほのぐらき渦のなかなる秋夕焼      波多野真代
ふたつめの橋を渡れば白い秋       小川トシ子
ふさふさと子犬の背中今朝の秋      楡井 正隆
あいまいな大東京の鰯雲         大森 麗子

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2021年1月号より

虫籠の中の静けさただならず       石倉 夏生
陽が昇る露草のみち母の道        栗原 節子
秋らしくない秋の日か一行詩       森村 文子
おおかたは猫の領分十三夜        加藤千恵子
一歩ずつうしろ塞がり芒原        西  博子
晩秋のやまかわそらや笙の笛       あざみ 精
産みたてのたまごのような秋一日     松村 五月
山ひとつ越えて向こうも鰯雲       波多野真代
二つ目の橋を渡れば白い秋        小川トシ子
豊の秋ゆすれば眠る赤ん坊        小林多恵子

<白灯対談より>

寒梅や胸に沁み入る空の蒼        小澤 什一
おろおろと日本列島冬眠す        牧野 良子
寒きひと日を何度でも父のこと      平尾 敦子
日の色の枯葉舞い込む小物店       石谷かずよ
みちのくの戦後は遠く干菜汁       加賀谷秀男
冬帽子目深に本音少し言う        横田恵美子
新宿のビルを浮かせて冬の月       浅野 浩利
年用意漁港のほとりきらきらす      小林 基子
奪い合う空にかがみて土筆摘む      吉本のぶこ
三が日クシコスポスト聞くように     金子 良子
冬青空身の置き処探しいて        石井 義信
ペアガラス隔てて猫と寒鴉        齋藤 重明

【白灯対談の一部】

 寒梅や胸に沁み入る空の蒼        小澤 什一

 まだ寒さの厳しいころ、ちらほらと咲き始める〝寒梅〟を見つけると胸の内にもポッと明かりが灯るようだ。寒中に咲く花はなんて強いのだろうかと自然の力を思う。

 掲句は〝寒梅や〟の詠嘆が効いている。作者は〝寒梅〟に心を奪われながら、やがてその向こうの〝空の蒼〟に目を移し気持ちも〝空の蒼〟に吸い込まれてゆく。作者の心の翳りのようなものがこの〝空の蒼〟に表われている。〝胸に沁み入る空の蒼〟は読み手の心の中にも静かに広がってゆく。

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響焰2021年3月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202103

おどろおどろ    山崎 聰

甲斐信濃一泊二日のいわし雲
流木は流木として鵙の昼
月の夜はゆっくり行こう奈落まで
ぼそぼそと泣いているなり山の柿
泣きごえが途切れてからの秋の暮
爛熟のあしたをおもい谿の秋
霜の朝鐘鳴りわたる村はずれ
雨のあとすこしはなやぎ残り柿
精神のおどろおどろを雪の朝
冬満月遠い人から白くなる

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202103

ひらいてとじて     米田 規子

もくれんの冬芽ふくらみ逢えぬ日々
トッカータとフーガ突き抜けて冬天
泥葱の束を抱えて風の道
ハッピーバースデイ冬の檸檬灯る
大声で笑うことなく雑煮椀
家中の音の華やぎ初荷かな
冬ざれや二人のベンチ探しいて
クレソンに水音やさし野辺の風
待春のひらいてとじて足の指
読みかけの本とコーヒー春の雪

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2020年12月号より

八月の白い花束沖に雲          栗原 節子
ぽっかりと浮かんでいれば九月かな    森村 文子
丸善は遠いところかレモンの黄      渡辺  澄
あまあまと風の新宿九月逝く       加藤千恵子
八月六日集まってきて小声        中村 克子
その中のひとつを探す曼珠沙華      西  博子
この世のものと思えば白く昼の月     松村 五月
秋が来る消印は風の色して        波多野真代
鰯雲夢をさがしに泣きながら       小川トシ子
秋晴や天秤棒の弥次郎兵衛        楡井 正隆

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2020年12月号より

水ありて月ありて森まるくなる      栗原 節子
申し訳なさそうに曼珠沙華いっぽん    森村 文子
黒服の中は真夏の荒野かな        中村 克子
てのひらの白桃沈み夜のとばり      河村 芳子
一人ずつ来てみな帰る秋の浜       松村 五月
秋が来る消印は風の色して        波多野真代
秋少し風に言葉のあるように       亀谷千鶴子
鰯雲夢をさがしに泣きながら       小川トシ子
銀やんまさみしい家を旋回す       秋山ひろ子
ひと粒は涙のかたち青葡萄        小林多恵子

<白灯対談より>

野路菊やこの道行けるところまで     浅野 浩利
再会は少女のわたし黄落期        牧野 良子
冬紅葉遠ざかりゆく貨車の音       小澤 什一
椿散り椿が咲いて火の匂い        吉本のぶこ
十二月どこからかジャズ流れきて     横田恵美子
ジェット音枯葉一枚降ってきて      加賀谷秀男
クレヨンの色の数ほど冬の星       佐藤千枝子
冬ばらの蕾の品位活けてより       菊地 久子
ひともとの欅落葉に日々の嵩       石谷かずよ
義士の日や肉まん餡まん二つずつ     金子 良子
見覚えのある冬帽やパチンコ店      小林 基子
木守柿人逝くさみしさから離る      平尾 敦子

【白灯対談の一部】

 野路菊やこの道行けるところまで     浅野 浩利

 平明なことばで易しく詠われている一句だが、この句を貫く作者の思いは揺るぎない。〝この道〟は作者が今歩んでいる道であり、迷いなく〝この道〟を進むという。そんな作者をやさしく見守ってくれるのが〝野路菊〟であり、作者の思いを託した季語なのだ。

 〝野路菊や〟と大きく切ったので、中七下五との直接的な関わりを避けることができた。その結果一句の空間が広がり、作者の意志が余韻として伝わってくる。良い作品だと思う。

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響焰2021年2月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202102

お ろ お ろ    山崎 聰

雨空のいちにち長く残る虫
いわし雲どこからも人湧いて出て
秋の長雨無用の用かとも思い
阿Q正伝おろおろと残り柿
いわし雲無頼というはさびしかり
晴れつづくいっせいに柿色づいて
風の日はひたすらねむり青榠樝
もののふはいまもののふ残り月
亡きものは亡く季節はずれのさくら
いま無一物真夜中のスキー場

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202102

こ ろ が っ て     米田 規子

お日さまの匂いのタオル風邪心地
飛行機雲ほどけて淡く冬菜畑
出会いがしらの綿虫と三輪車
墓域明るく冬帽の婆三人
鍵盤をていねいに拭き冬の暮
揺れながらこころと体冬至粥
極月や一本道をころがって
選曲に迷いを残し大寒波
冬日燦一病ふっと貌を出し
ありったけの力を使い冬紅葉

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2020年11月号より

まっすぐに来る八月の白い馬       栗原 節子
卓上の薄紙うごく夜の秋         山口 彩子
大夕焼ころんで泣いて日和下駄      河村 芳子
みほとけのまなざしほうと秋の風     西  博子
らんらんと夏の終りはみな斑       大見 充子
蟻地獄見てそれからの私小説       松村 五月
蟬しぐれ止んで日暮の勝手口       秋山ひろ子
八月十五日父の山から喇叭        中村 直子
夏の雲流れ大型犬次郎          楡井 正隆
八日目の蟬鳴いてふとひとりかな     石井 昭子

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2020年11月号より

手に掬う水の輝き原爆忌         和田 浩一
犬も我も同じ犬掻きにて泳ぐ       石倉 夏生
鬼やんま昼間は誰も居ない家       栗原 節子
夕顔が咲くころ君の笑うころ       森村 文子
おしろいに風の自転車きて止まる     加藤千恵子
戦争の音する地球梅漬ける        中村 克子
敗戦をよしとするなり小母さんら     鈴 カノン
蟻地獄見てそれからの私小説       松村 五月
生国はいつも晴天だだちゃ豆       戸田富美子
山の日の山を遠くに眠るかな       秋山ひろ子

<白灯対談より>

愛犬に星の匂いやクリスマス       牧野 良子
極月や東京駅のBARの夜        小澤 什一
籠り居のまっさらな靴冬に入る      横田恵美子
まっすぐに生き抜く力花八ッ手      金子 良子
さりながらグランドゴルフ一打秋     相田 勝子
蔦紅葉愛されるほど赤くなり       加賀谷秀男
まなうらの冬日の中の一家族       佐藤千枝子
しぐるるや珈琲店の窓明り        齋藤 東砂
病床に詩を乞う人よ黄落期        石谷かずよ
十二月大工の槌の音高く         小林 基子
そくそくとこだまは赤く朴落葉      吉本のぶこ
鳥渡るするする抜ける仕付糸       菊地 久子

【白灯対談の一部】

 愛犬に星の匂いやクリスマス       牧野 良子

 〝この句は読んだ途端に一句がすとんと胸の中に落ちて、さらに詩情の広がる素敵な句だと思う。

 いつも作者の身近にいる〝愛犬〟に〝星の匂い〟がすると捉えたところに惹かれた。常日頃、感性のアンテナを磨いておかないと、なかなか〝愛犬に星の匂いや〟と把握できないと思った。そんな上五中七と〝クリスマス〟の取合わせにも夢があって、一句の味わいを深めている。身近のちょっとしたことを発見して詩情ある一句に仕立てるのは難しいかもしれないが、転がっている句材を見逃さないようにしたい。

 最近「俳句は難しい」とよく耳にするのだが、私自身もややはりそう思う。しかし掲句のような俳句に出会うと俳句の楽しさを感じて明るい気持ちになる。まずは小さな発見を大切に、心の中で思いをふくらませてみよう。

(さらに…)

響焰2021年1月号より

【山崎名誉主宰の俳句】縦書きはこちら→MeiyoShusai_Haiku_202101

亡  国    山崎 聰

夕焼けに突き当りたる牛の顔
亡国の石垣蜥蜴這い出でて
ふつうの日のふつうのくらし放屁虫
朝日影釣られて山女石の上
秋は来にけり捨てられて薬包紙
月の砂漠ああいもうとよおとうとよ
蛇穴へもののふの覚悟にも似て
あまつさえ月夜の街の人だかり
生涯のもうすこし先秋の虹
満月をさびしとおもう休暇明け

 

【米田主宰の俳句】縦書きはこちら→Shusai_Haiku_202101

風 に 聞 く     米田 規子

さわやかに会い信州の赤ワイン
ゆらゆらと過去のまぶしく紅葉川
恙なしことに日影の実千両
桜紅葉橋わたるときふと未来
チンゲンサイさくさく切って朝の冷
風に聞くこれからのこと木守柿
鍋と笊どちらも光り冬隣
冬灯しひとりの大工独りの音
望郷のその夜耿耿ずわい蟹
冬の日の十指すこやかリスト弾く

 

【山崎名誉主宰の選】

<火炎集>響焔2020年10月号より

廃校の時計は三時雲の峰         石倉 夏生
ぼんやりと人間だから星祭り       森村 文子
行列のどこからどこへ寒い夏       加藤千恵子
兜虫死んで少年またひとり        中村 克子
静かなるやさしさに居て青林檎      河村 芳子
涼し夜の眠りの中を深海魚        大見 充子
青空から少年の声さくらんぼ       波多野真代
海を濡らして海の日の鳶の声       秋山ひろ子
対岸の灯りみている青蛙         鈴木 瑩子
未来図は曲線あまた天の川        石井 昭子

【米田主宰の選】

<火炎集>響焔2020年10月号より

叫びたき半夏のマスク叫ばざる      和田 浩一
名画座を出る此の世も大夕立       石倉 夏生
くちなしの花ざわめいているあたり    栗原 節子
いちどだけ浴衣の母が振り向いて     森村 文子
梅雨長しかくして人は老いにけり     渡辺  澄
鍵を置く音して去れり黒揚羽       中村 克子
お三時は雨の匂いの水羊羹        松村 五月
蜘蛛の巣にきょうは蜘蛛いる晴れ間かな  波多野真代
高く跳ぶための踏切夏の恋        戸田富美子
七月七日会いにゆくのに傘さして     秋山ひろ子

<白灯対談より>

秋燈下手紙の中に嘘ひとつ        横田恵美子
ためらいありて椿の実つややかに     小澤 什一
秋落暉追われるように走るなり      加賀谷秀男
秋声を聴くコバルト色の陶器       小澤 什一
たっぷりの乾物もどし敬老日       金子 良子
彼岸花群れて昭和の一家族        佐藤千枝子
稲架襖村の東に小学校          相田 勝子
身の内をサイレン通る夜寒かな      加賀谷秀男
芒原つばさはいつも風まかせ       牧野 良子
秋祭いにしえびとの力石         原田 峯子
捨てし夢ほのと紅色夕すすき       小林 基子
ほつほつと初穂の素揚げ花開く      石谷かずよ
葡萄一粒ひとつぶの底力         森田 成子
冬青空母に呼ばれて産まれたり      吉本のぶこ

【白灯対談の一部】

 秋燈下手紙の中に嘘ひとつ        横田恵美子

〝秋燈〟は秋のひんやりと澄んだ夜気のせいか、趣深く清澄な雰囲気を持つ。気持ちの良い秋晴れの一日が終り、〝秋燈下〟誰かに〝手紙〟を書いているのだろうか。掲句は〝手紙〟を読んでいるのではなく、書いているところだと思って鑑賞した。いろいろなことを書くうちに小さな〝嘘〟も〝ひとつ〟加わった。この〝嘘ひとつ〟という措辞にちょっとした意外性がある。作者の心の機微に触れることができ、平凡から抜け出した。なにげない結句の〝嘘ひとつ〟が面白い。

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