響焰俳句会

ふたりごころ

響焰誌より

響焰2013年8月号より

【山崎主宰の俳句】縦書きはこちら→ Shusai_Haiku_201308

望郷以後

近未来近々未来青葡萄
るいるいと麦秋平野跳んでひとり
ただ青く房総台地あめんぼう
モスクワ晴東京くもりさくらんぼ
望郷以後泰山木の花に雨
水に倦み運河の橋の金魚売
心太うすべにいろの二人なり
西行の旅を曲れば夏の闇
いつの日の山上小湖ほととぎす
全景はほたるぶくろの中にこそ


【山崎主宰の選】

<火炎集>響焔2013年5月号より

襟巻のきつね日暮のような町     栗原 節子
生まれいでたるひかり二月の桃太郎  芝崎 綾子
関ヶ原雪寄りそいて家二軒      川嶋 悦子
雲が切れ一級河川ふきのとう     石井 和子
風二月ひとのヨットを見ておりぬ   沖 みゆき
冬銀河時間まっすぐ降りてきて    野復美智子
バレンタインデー寂しく日が沈む   新川 敏夫
建国記念日石を抛りて沈む      小川トシ子
一日が長し白鳥影蒼し        金  松仙
桃の花恋するために生まれたの    内田紀久子

<白灯対談より>

生臭く生きなめくじりなめくじり   伊達 サト
夜の薔薇音という音みな消して    高橋登仕子
ひっそりと桜が散って父の家     石井 昭子
花一輪猫が跨いで梅雨晴間      大見 充子
渡るべき大陸とおく柚子の花     篠田 香子
春の雲水のかたちに水の径      笹本 陽子
カラフルで元気な声の五月なり    菅野 友己
動かざる一片の雲昭和の日      佐藤由里枝
きわみまで優しき藍を春の海     辻  哲子
泰山木の花ふわりと人逝きぬ     小笠原良子
初蝶の風より零れ坂の道       若林 佐嗣
憲法記念日空青く何もせず      相田 勝子
兄と弟大正昭和夏座敷        岩田セイ子
長考の象と少年暮の春        水野 禮子
鯉のぼり一棹は三日月の船に     土屋 光子
ジンフィーズに透ける客船立夏かな  中村 直子
どこまでも青空つづき桐の花     斉藤 淑子
ありったけの緑をつかい夏来る    小林マリ子
日の当る順に花びら落ちにけり    多田せり菜
三月の扉を開けて朝の汽笛      楡井 正隆

【山崎主宰の編集後記】

 いわゆる権威なるものの云う事は、半分しか信用しないことにしている。身近な例で云えば、歳時記、辞書の類で、全くの嘘ではないと思うが、かなり眉唾で、鵜呑みにするのは危険である。
例外があって、国や政府、政治家の発言は、半分どころか全く信用しない。戦時中や、さきの原発事故、最近のアベノミクスなどを思い浮かべれば理由は云うまでもあるまい。
話を歳時記、辞書に戻せば、季語も言葉も十分自分の息を吹き込んで使うということであろう。 (Y)

響焰2013年7月号より

【山崎主宰の俳句】縦書きはこちら→ Shusai_Haiku_201307

日本人

漕ぎ出して四月大空から翼
春雷のがんばっているひとところ
童心のかすかなゆらぎ花筏
金色の桜が咲いて日本人
花万朶漂っている待っている
墜ちながら四月の色の渚まで
放心ののちの千年桜闇
暗転は洛中にあり花篝
崩落のまんなか八十八夜の灯
抱かれてねむる遠山脈の青むころ


【山崎主宰の選】

<火炎集>響焔2013年4月号より

たまご酒風の荒野のように居り    和田 浩一
冬凪汽笛ドーナツの穴の向う     伊関 葉子
放電の始まっている枯木山      森村 文子
どんど焼見るべくおおぜいの暗転   渡辺  澄
冬の雑踏ありありとけもの道     松塚 大地
黒豆と愉快なこども大旦       小川トシ子
往くところ河豚がつるりと剥かれけり 鈴 カノン
冬の稲妻悠久がつまずきぬ      篠田 香子
薄氷の下は一途に昨日なり      中村 克子
憧憬熱くシリウスよりも深く     愛甲 知子

<白灯対談より>

逝く春やことばのかけら紡ぎいて   高橋登仕子
鳥交りオーケストラのように雲    伊達 サト
風景のその先あえか花の闇      佐藤由里枝
縄文の影引きずっている朧      大見 充子
花過ぎのまん中にいる白い猫     篠田 香子
はじめから一人ぼっちの花疲れ    笹本 陽子
人遠く桜しべ降る小雨降る      石井 昭子
みちのくへ続く青空牡丹の芽     辻  哲子
小さな部屋に大きな息子春暮るる   菅野 友己
剥落の仁王の足に散るさくら     土屋 光子
花菜畑雲を追いかけ風を呼び     小笠原良子
大空の今日の賑わい初つばめ     岩田セイ子
木の机木の椅子分校のさくら     相田 勝子
沈丁花運河より暮れはじめけり    若林 佐嗣
その先へ飛べしんがりの巣立鳥    上野やよひ
永遠に桜蕊降り童話館        楡井 正隆
飛花落花一人の午後の風の椅子    水野 禮子
初蝶来て目玉の光る仁王尊      斉藤 淑子
すこしずつ夢をこぼして梅の花    中村 直子
平成をつかずはなれず花筏      小林マリ子
賑やかな風の育ちてチューリップ   菊地 久子
躓いてかっと石蹴る浅き春      佐伯 光正

【山崎主宰の編集後記】

 ”生活でなく生命を、人生でなく人間を”と思っている。もちろん、生活を書くことによって生命に触れる。また、人生を書くことによって人間の深奥に迫る、ということもあるとは思うが、生活や人生の段階に止まっている限りは、生命や人間の真実は遂に書けないのではないか。
生命の重さ、人間の生きる意味、そんなものが多少でも俳句で書ければ、こんな素晴らしいことはない。 (Y)

響焰2013年6月号より

【山崎主宰の俳句】

一人は風

三月のいちばん遠いところが海
人類のいまだ縹渺つくづくし
断絶は海にはじまり弥生尽
三月さくらずきんずきんと眠りけり
人の世の黒いかたまり蓬餅
徐々にあゆめば徐々にさびしくちるさくら
桜東風北半球を一巨船
鷗浮き記憶いちまいずつの春
一人は風さくらの丘を越えてより
朝寝してきのうの海を忘じたり

【山崎主宰の選】

<火炎集>響焔2013年3月号より

底冷えの鍵を開けると荒野かな   小林  実
川幅を疑いつつ鳥渡りけり     渡辺  澄
十二月うっすら光る石っころ    加藤千恵子
夕闇へ声ひいてゆく焼芋屋     沖 みゆき
近道を手ぶらで帰り三の酉     野復美智子
哲学の土手からあふれ冬の波    篠田 香子
轟音の押してゆく空十二月     君塚 惠子
充足にもっとも近く山眠る     西  博子
人間に塩気聖誕祭終わる      愛甲 知子
極月や岸わたりゆく僧五人     鈴木 瑩子

<白灯対談より>

さくら咲き紫紺の夜と思いけり   笹本 陽子
三日月の怜悧な光に射貫かるる   伊達 サト
太陽を目指して消えた揚雲雀    菅野 友己
黒猫の悪戯春の月のぼる      大見 充子
春帽子たまわりし日を石の階    高橋登仕子
うしろから妹がくる春が来る    小笠原良子
白木蓮古い上衣を脱ぐように    佐藤由里枝
枝垂梅誰かがすこし酔っている   土屋 光子
手をつなぐただそれだけの春の風  相田 勝子
その中に光るもの見えスイートピー 石井 昭子
みかん買い金目鯛買いつるし雛   岩田セイ子
東京に石段多く梅日和       水野 禮子
涅槃図を象の抜けだす雨のあと   若林 佐嗣
ほの赤き芽吹きの匂い柞道     中村 直子
しばらくは誰もが無口雪籠     斉藤 淑子
つちふるや薬師如来の目鼻立ち   多田せり奈
せめぎ合う気象予報図春近し    志鎌  史

【山崎主宰の編集後記】

句会で採られなかった句は捨ててしまうという人がいる。また句会に出した句は、雑誌に出してはならないという結社もあるという。なにか間違っていないか。それでは一体、句会は何のためにあるのか。句会で意見を聞いた上で自句を再度推敲、修正して雑誌に出す。その繰り返しによって力をつける。句会はあくまで、投句のための勉強の場と心得たい。 (Y)

響焰2013年5月号より

【山崎主宰の俳句】

雪のあと

形而上的雪の結晶灯るころ
千年を生きるつもりの大海鼠
今生のいつとはなしに牡丹雪
未来あり二月綿虫よく飛ぶ日
雪のあと東京駅の煙出し
沸騰し発火し微塵雪解川
早春のメタセコイアは風待つ木
風花のあと杳として團十郎
猫の恋光と翳と一伍一什(いちぶしじゅう)
西行の山河に遠く春の風邪

【山崎主宰の選】

<火炎集>響焔2013年2月号より

川を見て桜もみじへ戻りけり    栗原 節子
紫といえどいろいろ古典の日    伊関 葉子
黄落の下り坂なら転がって     森村 文子
十一月まっすぐ海に突き当る    米田 規子
十三夜生きるものみな耳を立て   芹澤美香子
走ることとうに忘れて猫じゃらし  河村 芳子
どっと来てどかりと在す十二月   小川トシ子
行く秋の背中小さくなるばかり   金  松仙
山に行き海見て帰る秋日和     篠田 香子
寂しさとちがうさびしさ冬薔薇   中村 克子

<白灯対談より>

不機嫌な犬と歩きぬ梅日和     小笠原良子
建国記念日赤ちゃんの握りこぶし  菅野 友己
この道を帰るほかなし月朧     高橋登仕子
碧落を一羽きりなる寒さかな    大見 充子
三月のとおくに丸い非常口     篠田 香子
冬が逝く思い通りの明るい灯    笹本 陽子
生国の方になだれて春の虹     佐藤由里枝
日記買い三年先をふと思う     岩田セイ子
いろいろな別れがありて冬の駅   石井 昭子
王様の兵隊ごっこ黄沙来る     相田 勝子
人の世へけものを放ち山眠る    若林 佐嗣
密やかなくらしのゆれる木の芽晴れ 中村 直子
ペリカンの嘴からこぼれ春の水   土屋 光子
ほどほどの距離のぬくもり春の山  飯田 洋子
枯木星音符弾けているような    楡井 正隆
末黒の芒太古のにおいかもしれず  あざみ 精
寒星の中ゆるやかに一機影     上野やよひ
カクテルの細目のグラス冬の月   斉藤 淑子

【山崎主宰の編集後記】

作品の添削は、できればしない方がよいのだが、一定の数を載せるために、やむをえず最小限度に手を入れることがある。原句の意図を損なわないよう、すこしだけ直すというのは、意外と難しい 。

かなり苦労して添削して雑誌に載せたのに、本人からは何のコメントも返ってこないことが多い。私の添削について作者がどう思っているのか知りたいのだが、全くの無関心というのはなんとも淋しい。 (Y)

響焰2013年4月号より

【山崎主宰の俳句】

塀の穴

初明りあふりか見えるはずもなく
薺粥わたくしごとのはじめなり
日短か遠い景から舫い船
冬の鳶はるかなるものみな青く
女正月もやもやとかつあわあわと
日の当る順に踏まれて冬菫
雪の朝ベートーベンと塀の穴
赤光や雪の津軽を朝発ちて
天下国家にもかかわりて猫の恋
鬼やらい鬼の生国何処(いずく)なる

【山崎主宰の選】

<火炎集>響焔2013年1月号より

天上の十月山に来て思う     伊藤 君江
異国語を聞くともなしに秋桜   森村 文子
一念の一本ずつの曼珠沙華    廣谷 幸子
曲がるまで詩人のあゆみ枯木星  奈良岡晶子
秋天にもっとも近く日曜日    加藤千恵子
秋の噴水逡巡は人にあり     野復美智子
まんじゅしゃげ脳神経に異常なく 松田 起子
行く秋の日本列島から便り    河村 芳子
実直な日本の色柿の秋      中原 善江
夕暮れは水の匂いしこぼれ萩   山村 則子

<白灯対談より>

石蹴って地球を蹴ってお正月       石井 昭子
鵙猛る冬一切を拒絶して         高橋登仕子
冬晴れのもっとも遠い山河かな      佐藤由里枝
大寒や頑固な男面白く          大見 充子
初明りすこし重たい家族なり       笹本 陽子
大くしゃみタイムスリップして戻る    菅野 友己
着ぶくれてアメリカ大陸見ておりぬ    篠田 香子
ひょっとこの手が風すくう初神楽     土屋 光子
寒入日まんなかにいる赤ん坊       小笠原良子
雑念は雑念として一月の川        岩田セイ子
生国の夜空を仰ぎ雪だるま        若林 佐嗣
踏み出してどこまで枯野エディット・ピアフ 辻  哲子
三日はや生者のなかのひとりにて     あざみ 精
一団の平行移動初詣で          江口 ユキ
玄関をあふれて子らのお正月       相田 勝子
声あげて雪の竹藪立ち上る        中村 直子
テーブルに薔薇とフォークと女正月    斉藤 淑子
追いかけておいかけられて十二月     上野やよひ
一月やきのうとちがう今日の風      飯田 陽子

【山崎主宰の編集後記】

季語が、とってつけたように、私はここにいますとばかり居直っている俳句は、概してつまらない。あとから季語の存在に気が付く、そういうさりげないのが好ましい。

要するに歳時記を金科玉条として、首っ引きで俳句を作ることの愚。歳時記に書いてあることは、あくまで一つの意見に過ぎない。季語は自分で見付けるものなのである。

芭蕉も<季語の一つも探り出したらんは、後世によき賜>と云っているではないか、(Y)

 

響焰2013年3月号より

【山崎主宰の俳句】

とんやれ

彼方ありいにはの湖の枯れ一途
軽くなるゆえの退屈朴落葉
鳰潜く奔放に似て然らざり
枯れいそぎ犬猫烏ときどき人
とんやれな白兎が走る爺ィ走る
女人来るころ大枯野灯るころ
はららごのきのうとちがう水の中
冬ざるるきしきし鳴って天のドア
門松にかすかな疲れ昼の酒
風景の一部としての冬帽子

【山崎主宰の選】

<火炎集>響焔2012年12月号より

忠実な犬のあくびも長き夜    駒 志津子
黒猫のすらりと伸びる月の夜   栗原 節子
いなびかり闇立ち上る闇の中   伊関 葉子
牛飼に大きな空と合歓の花    加藤千恵子
雨止んでしまえばひとり仏桑花  芹澤美香子
手荷物を持ち換えている残暑かな 沖 みゆき
文庫本二冊三冊いわし雲     河村 芳子
文化の日赤銅色の男なり     岩佐  久
麦藁帽被れば太陽のこども    秋山ひろ子
大きくてつまずいている夏の月  山口美恵子

<白灯対談より>

山茶花の奥の暗闇山頭火      佐藤由里枝
空っ風ひとりぼっちの影昏るる   高橋登仕子
絡み合う地下鉄路線図寒波来る   小笠原良子
神父さまお年を召され十二月    笹本 陽子
極月を引っ張っている一輪車    篠田 香子
北風を追いかけ追い越し子が消える 菅野 友己
冬の星黒いマリアとその子供    大見 充子
ニューヨーク五番街より十二月   石井 昭子
空っ風関東平野不整脈       岩田セイ子
天空を暦の走る十二月       若林 佐嗣
冬うららこそりと過ぎる誕生日   土屋 光子
ふるさとの黙の始まり富士冠雪   水野 禮子
双子座流星群から霜の声      相田 勝子
行く道の突丌として八つ頭     中村 直子
銀杏黄葉これより女人禁制か    楡井 正隆
春を待つパズル合せの雨の午後   上野やよひ
一本はわたくしの影冬木立     斉藤 淑子
十二月ハワイのクッキー食べている 江口 ユキ

【山崎主宰の編集後記】

何を書くか、何を書かないかに関わってもうすこし云えば、書く対象のどこにポイントを置くかも大切である。つまり書くと決めたもののどの部分をクローズアップさせるのか、ベタに書いても作者の意志は伝わらない。

何を書くか書かないかと同様、どこを強調するかを決めるのは、掛って作者の詩に対する姿勢による。つまり作者の決意である。いってみれば、詩は決意なのだ。決意のないところに詩は生まれない。(Y)

 

響焰2013年2月号より

【山崎主宰の俳句】

やや呑気

入口のあっけらかんと十三夜
初時雨屈強な人地下道に
東京に木枯し一号佳人来る
木の実しぐれ思考回路に少し歪み
笑顔皺顔十一月のある晴れた日
冬の鳥あるき遠くに赤い塔
白鳥の悪声なれどやや呑気
陽だまりの樹の下がだんだん濃く
砲台のうしろ吹かるる冬の景
昭和のある日のように人消え十二月

【山崎主宰の選】

<火炎集>響焔2012年11月号より

八月の真っ正面に花ことば   栗原節子
遠花火大群として揺れながら  森村文子
ずっしりと夏の銀河を抱きけり 内田秀子
八月の空は真青に明くるべし  小林一子
霧の駅霧の列車の一車輌    奈良岡晶子
血脈の紛うかたなき盆の風   山口彩子
全身の闇をひきずり牛蛙    野復美智子
入道雲大きな丸を書くように  岩崎令子
八月のいちばん前を飛行船   篠田香子
街を出る帆柱として白日傘   西博子

<白灯対談より>

かりんの実ごつんと落ちて昏れにけり 高橋登仕子
モノクロの恋愛映画初時雨      小笠原良子
にんげんの本音のように曼珠沙華   佐藤由里枝
おでん鍋あれこれ生きて悔いすこし  笹本陽子
東京メトロ地上を走り神の留守    篠田香子
産土の風の色香に秋の蝶       大見充子
赤い帽子白い帽子紅葉降る      土屋光子
甕の底耿々と十六夜の月       岩田セイ子
じゅくじゅくと夕日が燃える鶏頭花  菅野友己
橋三つ渡り母校の夕紅葉       石井昭子
深沈と十月ざくら人を恋う      若林佐嗣
散り紅葉その先町の灯がともる    中村直子
この居場所極楽浄土曼珠沙華     斉藤淑子
着ぶくれてことばさがしの畦の道   上野やよひ

【山崎主宰の編集後記】

「易しいことを難しく云うのは易しい。難しいことを易しく云うのは難しい。」よく聞く箴言だが、ときどき、つまらないことを難しい言葉で飾って、さも立派なことを云ったといわんばかりの俳句にお目に掛ることがある。

俳句は決して易しい文芸ではないが、難しいことを云うものではない。易しいことを難しく云うのは、その作者に、抱え込んでいる重いものがないから、内面に詠いたい切実なものがないから難しい言葉でごまかす、つまりは詩精神の欠如ということにほかならない。(Y)