響焰俳句会

ふたりごころ

活動報告
響焰の行事の報告等を掲載しています。

活動報告

第47回ネット句会(2024年4月) 報告者:小澤 悠人

**何を発見するか**

参加者32名、投句数64句、4月1日投句、4月7日選句。

 今月の名誉主宰・主宰・特別選者の特選句を改めて見返して、いつもの生活の中に何を見つけるか・・・という点を思い起こさせられた。普段と同じものを何気なく見ているだけでは俳句は生まれない。そこにいつもと違うちょっとしたエッセンスのようなもの・・・を見つけられるか?というのは大きなポイントになる。「捨て見」という話を以前に聴いたことがある。その日に見たものをいちいちメモして、その対象についてなぜ?と問いかけてみる。見たものはそうして記憶に残る。その日浮かばなかった言葉が、ある日唐突に形になる場合がある。宜しければトレーニングと思ってお試し下さい。

第46回ネット句会(2024年3月) 報告者:小澤 悠人

**表現力**

参加者31名、投句数62句、3月1日投句、3月7日選句。

 今月の名誉主宰・主宰・特別選者の特選句を改めて見返して、その作者ならではの表現力が光っていたと思う。擬人法であったり比喩であったり、作者の感性の有り様を垣間見ることができた。これは何でもかでも修辞にこだわればいいのとは違う。モノを見て、モノに触れて、それをどう感じるか、どう修辞するか・・・ということだ。ありきたりの表現で終えてしまえば類想の句として埋もれてしまう。そこをどう変えるか・・・は、自身の感性を磨くための努力を惜しまないこと(読書、音楽鑑賞、絵画鑑賞など情緒を豊かにする活動)と、モノをどう観察するかということだろうと感じた。

第45回ネット句会(2024年2月) 報告者:小澤 悠人

**俳句と時事**

参加者32名、投句数64句、2月1日投句、2月7日選句。

 かつて新聞社の俳句欄の選者をしておられた方との会話で、「時事の句というのは、ほとんど類句・類想のたぐいで、それを何千句も読まされる身になると、もう厭というほど同じようなものを読まされるんだ」と聞いたことがある。
 今月で言えば能登半島地震だろう。能登の被災された方々の気持ちに寄り添い、無事や迅速な復旧を祈り、エールを送ることができるか・・・・・。ただ、俳句であるから、モノに焦点を合わせることでそれができれば理想なのだが、その辺はなかなか難しい。
 能登の人々の暮らしぶりはどんなものだったろう、漁師町が多かったろう。昔からの造り酒屋もあった。祭事にはどんなものがあったろう。能登に行ったことがなくても、現代ではインターネットでいろんな情報を得ることができる。ただ、情報としてではなく、被災地の方に寄り添う・・・・そんなところに焦点を合わせられたら良いのだろうと思った。

第44回ネット句会(2024年1月) 報告者:小澤 悠人

**何をフォーカスするか**

参加者31名、投句数62句、1月1日投句、1月7日選句。

 カメラには、オートフォーカスという機能があるが、どんな人でもそれなりにキレイな映像が撮れるようになっている。機械の技術で出来ることだが、俳句という言葉の世界では、やはり背景からズームインするのもズームアウトするのも作者の言葉の配置・推敲に依る技術が求められる。
 その点で、名誉主宰・主宰の特選句は、背景の世界から季語という焦点に向かって、フォーカスが会っているというのを感じた。

第43回ネット句会(2023年12月) 報告者:小澤 悠人

**自分の言葉**

参加者33名、投句数66句、12月1日投句、12月7日選句。

 今月の句会の中に、先の句会で選を受けた言葉を含む句が散見されたように思えた。「響焰俳句会」の皆さんは勉強熱心で、あちらの句会こちらの句会と学ばれているように思い敬服する。いいなぁ・・・と思った句が頭に残っていて、つい同じ言葉を使ってしまうというのは、「俳人あるある」だと思う。今一度、自分の言葉は、ちゃんと消化し、こなれているか・・・安易にオノマトペやリフレインをしていまいか、そんなことを確かめつつ投句したいものだと思った。
 その点で、名誉主宰・主宰の特選句などは、作者の言葉が作者らしさを感じさせ、十七音の言葉に調和があるように感じられた・。

第42回ネット句会(2023年11月) 報告者:小澤 悠人

**言葉の質感**

参加者32名、投句数64句、11月1日投句、11月7日選句。

 今月の名誉主宰・主宰の特選句を読み返し、ふと学生時代の美術の講義のことが思い出された。ゴッホの「星月夜」とマティスの「赤い室内」の絵を比較して、ゴッホのものは重厚感ある筆致、マティスのものは、色彩のコントラストを軽妙に描いている。俳句の場合も季語とそれを含むフレーズとの質量が合致したとき、読者と共鳴するのだと思った
 今月は、新たなネット句会の取り組み〈お試し参加〉に1名ご賛同頂き参加頂いた。津田円路さん、ご参加有難うございました。

第41回ネット句会(2023年10月) 報告者:小澤 悠人

**季題に託す**

参加者30名、投句数60句、10月1日投句、10月7日選句。

 今月の名誉主宰・主宰の特選句を読み返してみると、季語が動かず、季語中心の短詩になっているのがよく解る。俳句のそもそもの始まりは連歌の発句、その季節のご挨拶である。であるから、季語とそれを含むフレーズとは付かず離れずの関係になる。日常生活の一コマではあるが、やはり季語が主役で顕っている。自分もこんな句を詠めるようになれたらと思う。

第40回ネット句会(2023年9月) 報告者:小澤 什一

**強調するポイント**

参加者29名、投句数58句、9月1日投句、9月7日選句。

 今月の特選句を読み返してみたとき、ふと後期印象派の画家、ポール・セザンヌの「赤いチョッキの少年」という絵を思い出した。左手で頬杖をついてその上に頭を置き、右手は軽く握るように手前の机上に置いている。この絵をよく観察すると、モデルの少年の右腕が誇張されたように長いことに気づく。それによってセザンヌは、モデルの少年の部屋の奥行きを描いている。奥行きはベッドと壁・・・。それほどの短い距離ではあるが、その奥行きを、絵の中心に置かれた右腕の強調で見事に描いている。

 こうした誇張表現は、俳句に通じるものがあると常々思うが、今月の特選句は、何を読者に見せるかがハッキリしていたと思う。作者のひとつの動作がどう転じて何を見せていたか〈何を読者に見せようとしていたか〉?一つの景の奥行きをどう表現していたか?そんなところを学ばせて頂いた。

 俳句というのは面白いもので、句座を囲み、特別選者の先生の「選」を得た句を見直すことで、改めて見えてくるものがある。ネット句会の進行役を承り、真っ先に選と句評に触れさせて頂けるのは有り難いことだと改めて思う。ただ、学んだこと、感じたことを即座に自身の句に反映できないところが目下の課題であり、歯がゆく思う次第だ。

第39回ネット句会(2023年8月) 報告者:小澤 什一

**表現力ということ**

参加者32名、投句数64句、8月1日投句、8月7日選句。

 今月も特選句を読み返してみると、作者の表現力の高いものに高得点が入っていたと思いました。作者が単なる写生でその表現を終えてしまうと、当然読者にはそれ以上のことは伝わりません。作者が伝えたいこと、季語の選択・・・の過程を経てその先に見える様子を伝えてくれると、読者はそこに自己の体験であったり、俳句の言葉表現からインスパイアされて、時にそれ以上の想像を膨らませたりすることができます。自身、たいした句を詠んでいないので申し訳ありませんが、句会を通してそんなことを学ばせて頂きました。

 句会参加者の皆様にはお知らせしましたが、投句・選句のフォームを決めさせて頂くことにしました。どうぞよろしくお願い致します。

第38回ネット句会(2023年7月) 報告者:小澤 什一

**言葉の先に顕れるもの**

参加者32名、投句数64句、7月1日投句、7月7日選句。

 今月の特選句を改めて読み返してみると、言葉の向うに、はっきりと景が顕れていることが分かります。何に焦点を合わせ、それをどう言葉で切り取るか・・・。そんなところが大事なのだと改めて思った次第です。十七音でそれを成し遂げるのですから余分なものを切り捨てていかなければなりません。
 今回、エクセル変換ソフトの互換性の問題で、一部の方のスマートフォンで、ある句稿が見えないというトラブルが発生し、ご不便をおかけしました。ただ、これはそれぞれのモバイル機種・端末の相違による問題なので、私の方ではどうにも致し方ありません。こちらで普通に見えているものが、見えない方がいる・・・という、なんとも狐につままれたような話ですが、こんなこともあるのだなと驚きました。
 来月からエクセルファイルに加えて、PDFファイルでも送信しますので、見やすい方で確認頂ければと思います。よろしくお願い致します。