響焰俳句会

ふたりごころ

活動

第37回ネット句会(2023年6月) 報告者:小澤 什一

**それぞれの花を咲かせよう!**

参加者32名、投句数64句、6月1日投句、6月7日選句。

 まずは、今月から蓮尾碩才さんからこのネット句会の司会進行を引き継がせて頂いて、この一つのシステムを立ち上げから、ここまで定着させて下さった蓮尾さんに感謝と共に本当にお疲れ様でしたと労いたい。
 さて、65周年祝賀式典で、「それぞれの花を咲かせよう!」というスローガンが掲げられた。このスローガンを頭の片隅に置きつつ、作品集を見させて頂いて、確かに個々の個性が表れている。この、個々の個性を結び合わせているのは、俳句という定型詩の型であり、季語という季節を象徴する言葉に対する、日本人ならではの感性である。この「座の文学」と言われる世界で、他の方の個性と向き合うことで、自分自身の言葉の精度をより高められたらと改めて思った。
 七月投句分から選者が加藤千恵子さんから中村克子さんに交代となります。加藤さんには半年間選句を頂き有難うございました。また、中村克子さん、今後半年宜しくお願いします。

第36回ネット句会(2023年5月) 報告者:蓮尾 碩才

**価値判断**

参加者30名、投句数60句、5月1日投句、5月7日選句。

 五月の東京句会で山崎先生から「一句の中で作者の価値判断はなるべくしない」と指摘されました。作者の価値判断とは、一句の中に「可笑しい」「美しい」、「悲しい」、「楽しそう」等の形容詞はなるべく避けると言うことだと思います。本来このような言葉は読み手が判断することで、作者が価値判断ををすると句を読んだ時の読み手の想像力を阻害することになるのでしょう。
 今月は大型連休のせいか山崎先生から「全体的に作品が低調です」と厳しい指摘がありました。俳句の道にゴールはありません。皆さん頑張りましょう。

第35回ネット句会(2023年4月) 報告者:蓮尾 碩才

**俳諧味**

参加者30名、投句数60句、4月1日投句、4月7日選句。

 今月の東京句会での山崎先生の句評や、ネット句会での米田主宰特選句の句評に、俳諧味のある句との表現がありました。俳諧は俳句の源流とも言うべきもので、「俳諧連歌」とも言われ、滑稽味で江戸時代に大変流行したものです。
 正岡子規により文芸として昇華された俳句にも、この滑稽さが俳諧味あるいは俳味として選句の重要な対象になっているのではないでしょうか。

第34回ネット句会(2023年3月) 報告者:蓮尾 碩才

**口語俳句**

参加者30名、投句数60句、3月1日投句、3月7日選句。

 今月は河津智子さんの<まだ死ねぬとことん春をまったから>の句が米田主宰の特選になりましたが、主宰の句評に「口語調で軽く詠って」とありました。
 俳句は文語・歴史的仮名遣いで、また韻文で書くべきと言う主張もあるようですが、話し言葉を上手く使った魅力のある句もまた多くあります。山崎先生も文語・口語については「固定的、厳密に考えず、広く〝現代の俳句の書き言葉〟として捉えたらどうか」(『続シマフクロウによろしく』)と述べています。
 文語には文語の魅力、口語には口語の魅力があり、それぞれ正しい使い方で作句を心掛けたいものです。

第33回ネット句会(2023年2月) 報告者:蓮尾 碩才

**意外性**

参加者33名、投句数66句、2月1日投句、2月7日選句。

 俳句には意外性が不可欠のようです。しかしわずか十七音の世界で意外性のある言葉を入れることはなかなか難しくどうしても予定調和の句になりがちです。一句全体の句意を損なわないで意外性のある言葉を入れるにはそれなりの訓練が必要になります。
 今月の作品で特別選者三名の選(並選)を得たのは戸田富美子さんの<手の平のすずなすずしろ母の声>の句でした。

第32回ネット句会(2023年1月) 報告者:蓮尾 碩才

**俳句は端的に**

参加者28名、投句数56句、1月1日投句、1月7日選句。

 1月の東京句会で山崎先生は「俳句は端的にそしてはっきりと」と指摘されました。言葉遣いが巧みでも内容が意味不明では読み手の心を摑むことは出来ません。十七音の中でどれだけ端的に表現できるかが句の良否を決めることになるのでしょう。
 今月は新年早々の句会で、皆さん多忙のせいか参加者が若干少なめでした。また正月のせいか作品の出来は全体に低調で、山崎名誉主宰と米田主宰からは「特選句を選ぶのに苦労した」との指摘がありました。
 今月から加藤千恵子さんが特別選者に加わりました。

第31回ネット句会(2022年12月) 報告者:蓮尾 碩才

**副詞はかな書きで**

参加者33名、投句数66句、12月1日投句、12月7日選句。

 12月の東京句会で山崎先生から句の中の副詞はかな書きが良いと教えられました。副詞とは、更に(さらに)、正に(まさに)、易々(やすやす)など一文のなかで他の言葉の意味を詳しく説明する品詞です。
 確かにこのような副詞を使うときは、かな書きにした方が句全体として柔らかくなるようです。
 1月から選者が渡辺澄さんから加藤千恵子さんに交代となります。渡辺澄さんには半年間選句を頂き有難うございました。また加藤千恵子さんよろしくお願いします。

第30回ネット句会(2022年11月) 報告者:蓮尾 碩才

**三人の選**

参加者32名、投句数64句、11月1日投句、11月7日選句。

 「選句に正解と絶対はない」とは山崎名誉主宰の言葉ですが、ネット句会は名誉主宰・主宰・渡辺澄さんの三名の方が特別選者となって、参加者の互選とともに選句に当たっていただいています。従って三名の特別選者の意見が合うことはあまりありません。
 今月は三選者の特選獲得とは行きませんでしたが、小林マリ子さんの句が三名の選(特選二・入選一)を獲得し、また川口史江さんの句が入選ながら三名の選を獲得しました。また互選では中村克子さんの句が十五点と圧倒的な選を獲得しました。選句に絶対や正解はないながら、多くの選を得たことは優れた句と言えるでしょう。

第29回ネット句会(2022年10月) 報告者:蓮尾 碩才

**条件設定**

参加者32名、投句数64句、10月1日投句、10月7日選句。

 10月の東京句会で山崎先生から一句の中に条件設定の言葉を入れると、読む側に制限が加えられ、句が小さくなるので注意が必要との発言がありました。条件設定の言葉とは、「坂の道」「午後三時」「二つ三つ」などで、作句する時に便利でつい使いたくなる言葉です。しかしこのような言葉を使うと句の広がりがなく、読み手の自由度を奪い結果的に作品の質が落ちてしまうということなのでしょう。条件設定の言葉を入れる時はよほどの注意と努力が必要となります。

第28回ネット句会(2022年9月) 報告者:蓮尾 碩才

**意味を消す**

参加者31名、投句数62句、9月1日投句、9月7日選句。

 9月の東京句会での句評の中で、山崎先生は意味を説明する俳句は駄目だと何度も指摘されました。
 意味を説明した俳句は事柄の俳句であり詩ではなくなる。意味や事柄の先に詩があるはずだと何度も指摘されましたが、作句の段階で実現することはなかなか難しいことだと実感しました。「俳句は本来意味を云う詩では断じてない。肝に銘じて欲しい」(『続シマフクロウによろしく』)をあらためて胸にきざみました。

第27回ネット句会(2022年8月) 報告者:蓮尾 碩才

**八月の俳句**

参加者33名、投句数66句、8月1日投句、8月7日選句。

 <八月や六日九日十五日>、詠み人多数と言われるこの句の作者を巡って、鴻俳句会出版の小林良作著『「八月や六日九日十五日」真の先行句を求めて!』や毎日新聞に掲載された楷未知子氏の「『八月や』の謎」等でずいぶん話題を提供したのはもう五年ほど前と思います。結局のところは長崎県の出身で広島県尾道市の医師・諌見勝則氏(故人)が最初の作者となっているようです。
 作者はともかく、この句の言う通り八月は何とも重たい月です。戦争に関連する日々だけでなく十二日は日航機墜落事故もあり、毎年八月に行われる一連の行事が終わると、何だか気の抜けたような感じになるのは私だけでしょうか。
 今月のネット句会にも八月を季語とする句が投句されています。八月という言葉が負っている宿命をベースにしながら、少しでも明るい八月の句を作りたいと願っている一人です。

第26回ネット句会(2022年7月) 報告者:蓮尾 碩才

**季語との関わり**

参加者35名、投句数70句、7月1日投句、7月7日選句。

 今月から特別選者の内一名が和田浩一さんから渡辺澄さんに交代となります。いろいろな視点から選句を頂くよう、半年交代でお願いしている一環です。渡辺澄さん、半年間なにとぞよろしくお願いします。
 選について山崎先生は「選はあくまで参考であり、絶対や正解ではない。選の結果を採用するもしないも、全て作者の責任である」(『続シマフクロウによろしく』)という主旨を述べています。新しい選者の渡辺澄さんの選を、私たちがどのように生かすか、句会の参加者に問われているようです。

第25回ネット句会(2022年6月) 報告者:蓮尾 碩才

**季語との関わり**

参加者33名、投句数66句、6月1日投句、6月7日選句。

 今月は大森麗子さんの<産土を離れてからの夏の蝶>が特別選者三名の選を獲得しました。句評で山崎名誉主宰は「季語との関りが面白い」と評しています。季語の〝夏の蝶〟と句の主題である〝産土〟の関りが微妙に響きあっています。 
 〝夏の蝶〟は和田浩一さんも指摘しているように作者自身の投影で故郷を出てからの感慨が読み取れます。
 季語について山崎先生は「あとから季語の存在に気付く、そういうさりげないのが好もしい」と指摘しています。俳句における季語との関係は微妙な間合いが必要となるようです。

第24回ネット句会(2022年5月) 報告者:蓮尾 碩才

**曖昧と明瞭**

参加者34名、投句数68句、5月1日投句、5月7日選句。

 いつも「曖昧なものははっきりと、はっきりしているものは曖昧に詠うことが肝心」と、山崎先生から指導されています。また五月の東京句会でも一句の中に曖昧なものとはっきりしているものを対比させると趣のある句になると言われました。確かに今月の特選句にはその教えを感じさせる句があると思います。

第23回ネット句会(2022年4月) 報告者:蓮尾 碩才

**リアルな描写**

参加者34名、投句数68句、4月1日投句、4月7日選句。

 響焰の創設者和知喜八先生はリアリティーの俳人と言われています。山崎先生は著書『喜八俳句覚書』のなかで<喜八は〝俳句的な雰囲気〟〝安易な季語〟〝他人の表現〟の俳句三悪を克服する方法として「リアルな描写」と「定型を尊重する」ことを説いている。>と述べています。特に初心者は眼で見た物を俳句に詠うことが必要なようです。

第22回ネット句会(2022年3月) 報告者:蓮尾 碩才

**詩は矛盾したもの**

参加者31名、投句数62句、3月1日投句、3月7日選句。

 コロナ禍がなかなか収まらない中、響焰の公式行事である同人・会員懇談会と句会が三月七日に久しぶりに開かれました。山崎名誉主宰もお元気に参加され米田主宰とともに熱心に選句をしていただきました。席上山崎先生から「俳句は詩であり、詩には矛盾したところが必要」と話されていました。 予定調和の内容であればどうしても散文的になり、人の心を打つことはできない。世界で一番短い詩である俳句は、一句の中に少し矛盾したものを含んでいる方が良い句になるとのことでした。しかし矛盾しすぎると句にならないし難しい所です。

第21回ネット句会(2022年2月) 報告者:蓮尾 碩才

**散文と韻文**

参加者34名、投句数68句、2月1日投句、2月7日選句。

 主宰の句評に「やや散文的」との言葉がありましたが、散文と韻文はどのような違いがあるのでしょうか。散文的を辞書で引くと「詩情に乏しいさま」とあります。つまり詩になっているかどうかと言うことでしょうか。山崎先生は「最近の俳句は散文化の傾向が著しい。俳句はあくまで韻文であることを、肝に銘じたい」(『シマフクロウによろしく』より)と指摘しています。

第20回ネット句会(2022年1月) 報告者:蓮尾 碩才

**好漢逝く**

参加者35名、投句数60句、1月1日投句、1月7日選句。

 あざみ精さんの訃報を知ったのは、一月七日まさにネット句会の結果を纏め参加者に送信しようとしているところでした。
 あざみ精さんはネット句会の選句も特選の句評もきっちり済ませ旅立ちました。本当に俳句が好きで、会えばいつも俳句の話ばかり、長い闘病生活のなかでも常に前向きに俳句に取り組んでいました。元気であれば響焰を背負っていたであろう彼の逝去は残念でたまりません。そんな彼の姿を思い出しながら辞世となった句「沈黙か静寂か大つごもりは」を読むと万感が胸に迫ります。
 謹んでご冥福をお祈りします。合掌。

第19回ネット句会(2021年12月) 報告者:蓮尾 碩才

**独断と偏見**

参加者35名、投句数70句、12月1日投句、12月7日選句。

 久しぶりに再開した東京句会の句評の中で、山崎先生は「俳句は独断と偏見でよい」と話していました。普通独断や偏見と言う言葉は、あまり良くない意味で使われますが、先生は「十七音という短い形の中で、細かく説明するのは無理。こうだと云い切ることで逆に読み手の賛成を得る。曖昧なことははっきり、はっきりしていることは曖昧にが俳句の極意」と話されていました。

第18回ネット句会(2021年11月) 報告者:蓮尾 碩才

**新しい発見**

参加者34名、投句数68句、11月1日投句、11月7日選句。

 俳句は見えないものを見ることが必要と言われていますが、「新しい発見」とはまさに見えないものを見つけたことなのでしょう。「見たものの奥にある見えないものを書く、俳句とはつまりそういうことではないか」と山崎先生は述べています。
 感性を研ぎ澄ませないと事象の奥にある真実にはなかなか到達できません。